権威勾配と心理的安全性の低下がもたらす日本の未来
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規
本年2月22日、日経平均株価が1989年の大納会でつけた史上最高値の3万8,915円を更新し、3月4日には史上初の4万円台を記録。7月11日には初めて4万2,000円台となり、8月には歴史的な乱高下を繰り返しました。石破新政権がスタートし、期待を込めて日本の明るい未来を思い描きたいところですが、日本社会の本質的問題を知ると、どうにも明るい未来は見えそうにありません。日経平均株価が史上最高値を更新した一方で、米国の代表的な株価指数である「S&P 500」は、353.40(1989年末)から5,842.47(2024年10月17日)へと、この30年間でざっと16.5倍に上昇しています。株式のパフォーマンス比較を見ると、もはや「失われた30年」などと言っている場合ではない日本経済の深刻さがよくわかります。マクロ経済的に見ると、日本の名目GDPは1989年度には421兆円だったのが、2023年は591兆円で(※1)、一見すると国内総生産は順調に伸びてきたかのように錯覚しますが、世界経済に占める日本経済のウェートを見ると、その凋落ぶりがよくわかります。世界全体に占める割合は1989年15.3%から2023年4.2%と、統計が比較できる1980年以降で最も低くなっています。
ここで言う日本社会の本質的問題は、近年起きた社会的問題や一般社会で見られるいくつかの問題から見えてきます。第二次安倍政権下で起きたモリカケや桜を見る会の問題、自民党議員の政治資金問題、自動車メーカー認証不正問題、ビッグモーターの保険金不正請求問題、小林製薬の紅麹問題などといった組織のモラルに関わるような問題や、カスタマーハラスメント、学校内やSNS上のいじめ問題、LGBTへの差別問題などといった一般社会に広がっているモラルの問題などから見えてくるものです。
組織のモラル、市民のモラルというと、その組織、その人だけの特定の問題のように思いがちですが、これだけ社会規範の逸脱行為が蔓延しているのを鑑みると、これが日本社会全体に根深く蔓延る本質的な問題であり、それが日本経済にまで長年影響し続けているように思えます。
こうした社会規範の逸脱行為が増えている要因には、日本型組織に多く見られる権威勾配のきつさがあるように思えます。権威勾配とは、集団におけるリーダー(上司)と他のメンバーとの間の力関係を指し、権威の強さを「相手との角度」で表したものです。日本企業や官僚組織のように階層構造がはっきりしている組織では、権威勾配がきつくなる傾向にあります。上からの指示が出しやすいため、組織の統制を取るためには都合が良い反面、現場からの意見や情報があがりにくくなるという側面があります。その結果、現場が抱える問題が放置されたり、新しい創造的な意見が集まらないなどの状況が生じ易くなります。分かりやすく例えると、飛行機のコックピットの中での機長と副操縦士との関係です。昔の航空業界では、機長と副操縦士の上下関係や入社年次は絶対でした。そのため副操縦士が機長の間違いに気づきながら発言を控える、機長が他の乗務員の意見を無視するといったことで大事故に至ったケースが多発したのです。権威が強い立場の人間は傲慢になりやすく、不正や粉飾などの問題に発展する場合も多々あります。当然、上司への忖度も蔓延するようになります。権威勾配と似た言葉に「権力勾配」があります。組織の上下関係や、社会のマジョリティー・マイノリティーのあいだに存在する「力の差の度合い」を言い表す言葉です。LGBTバッシングや学校などでのいじめ問題などもこれらに起因しているといえます。
企業や官僚組織内で権威勾配がきつくなると、ルールが守られないことが多くなります。工場の例で言えば、上司の意思は生産優先です。短時間であっても生産性低下につながる装置の停止はすべきでないという価値基準になります。安全確保のためであっても装置の停止は極力しません。結果的に安全の犠牲の上に高い生産性を築くようになります。上司の期待を第一とし、「うまくいけばケガをしない」、「これくらいなら大丈夫だろう」という過信によるルール違反が蔓延するようになっていくのです。安全第一であれば、異常に気付いたら設備を止めるのは当たり前。修理し、安全性を確保してから稼働させるのが当然ですが、権威勾配がきつい組織には、そうした選択肢はありません。権威者の指示に簡単に従ってしまう、現場での正しい情報が隠れる、曲げられる、行動の良し悪しを自分で判断せずに指示に従う、発言しにくく、悪い情報が正確に伝わらないといったことが組織内に蔓延するようになります。データ改ざん、虚偽報告、文書偽造もその延長線でしかありません。極端にきつい権威勾配を放置すると、結果的に組織の存続にかかわるような重大な事象の見逃しにつながることも起きうるのです。
また、権威勾配とは別に、心理的安全性の低下という問題もあります。本来、心理的安全性とは、組織やチームにおいて、自分の意見や気持ちを安心して表現できる状態を指します。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が1999年に論文で発表した心理学用語です。(※2)
心理的安全性が低い組織の特徴としては、次のようなものがあります。
特定の人しか発言しない
反対意見や質問がほとんど出ない
失敗や問題点の報告を避ける傾向がある
形式的な進行で、実質的な議論が少ない
意見やアイデアを出しても聞いてもらえないと感じている
自発的に仕事に取り組むのではなく「与えられた仕事をただこなすだけ」になっている
つまり、心理的安全性が低下すると、メンバーの参加意欲や貢献意欲が低下し、社会的手抜き(リンゲルマン効果)を引き起こす可能性が高まります。社会的手抜きとは、フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンが提唱した理論で、集団で作業を行う際に起きる現象です。(※3)
綱引きの実験において、1人の力を100%とした場合、2人で引っ張ると1人の力は93%、5人では70%、8人になると半分になるという結果が出ています。綱を引く人数に比例して、1人あたりの力が弱まっていったのです。これは、自分一人だけが評価されることのない環境下においては、人は努力する必要性を感じなくなることを示しています。つまり、社会的手抜きとは、集団で作業する際に、他のメンバーが作業しているから自分は適当にやっていても大丈夫だろう、誰かがやってくれるだろうといった心理が働いて力を抜いてしまうこと、他力本願、 当事者意識の低下のことを指します。
国民の多くにこの社会的手抜きが広がっているように思えてなりません。まもなく衆議院議員総選挙ですが、ここ10年間の国政選挙の投票率は60%を下回り、5年前の参議院選挙では、48.8%と国民の半数以上が投票しませんでした。(※4)これも社会的手抜きの一つであり、安全神話、他力本願、与党自民党への盲目的従属でしょう。今回の選挙の投票率がどうなるかはまだわかりませんが、国民の多くが当事者意識を持ち、この国の将来を考えた行動を取ることを願って止みません。
※1:名目GDPは591兆円で世界4位に 実質は2期連続のマイナス成長(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASS2H2WBNS28ULFA00Y.html
※2:心理的安全性とは何か、生みの親エイミー C. エドモンドソンに聞く(Harvard Business Review)
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9408
※3:「働かないのに高給取りの上司」「やる気のない同僚」が生まれる「組織衰退のメカニズム」(現代ビジネス)
https://gendai.media/articles/-/109421?imp=0
※4:国政選挙における投票率の推移(総務省)
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html
以上
記事の無断転載を禁じます。
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