兵庫県知事問題が他人事ではない理由

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏

兵庫県知事のパワハラ問題(公益通報者保護法違反の疑い、自殺教唆罪の可能性も)は、いよいよヤマ場を迎えつつあるようです。(※1)ヤマ場とはいっても、不信任決議によって県知事が辞任するか、議会解散となるかというだけですので、そもそもの公益通報者保護法違反や内部告発者への圧力や迫害行為などについての検証はまだ先になりそうです。

斎藤兵庫県知事の行政手腕は高かったという一部報道もあり、擁護する動きもあるようですが、おそらく辞任の方向に動いていくのではないかと思われます。それでも、ここまで頑なに辞任を拒み続けてきた斎藤知事がそう簡単に辞任するとは思えないという気もします。

斎藤知事の経歴を見ると東京大学経済学部を卒業後総務省へ入省し、その後いくつかの地方自治体での実務経験を経て、総務省自治税務局都道府県税課課長補佐や総務省自治税務局都道府県税課理事官を歴任。兵庫県知事に立候補するまでは大阪府財務部財政課長として、大規模自治体の財政運営に携わっていました。輝かしい経歴だけでなく、一部擁護派によれば、県立大学の無償化、私立高校の授業料無償化、知事報酬のカット、公用車「センチュリー」の廃止、県職員OBの天下りを規制するなど、90%以上の公約を達成しているとも言われています。(※2)しかしながら、兵庫県の財政は未だ厳しい状況が続いており、今回の問題が片付かない限りは正しい評価はできないようにも思えます。(※3、4)

気になるのは、なぜ優秀な官僚出身の斎藤知事が治める兵庫県という大きな行政組織で、今回のような事案が起こったのかという点と、過去の例で見れば、関係者(2名)が亡くなった時点でトップが辞任するレベルの事案であるにも関わらず、未だに頑なに辞任を拒否しているという点でしょう。実際に兵庫県の行政組織をコンサルしたわけではないので、あくまで報道された内容からの私見になりますが、心理学的見地から見ると、おそらくヒュブリス・シンドロームが関係しているのだろうと推察します。

ヒュブリス・シンドロームとは、自己過信や傲慢さ、過剰な自己評価などを特徴とする心理的な状態を指す言葉です。ギリシャ語で「誇り」という意味の「ヒュブリス(hubris)」に由来しており、英国の元厚生大臣で医師のデービッド・オーエン卿によると、組織のトップはこの病に陥りがちと言われています。簡単に言うと「権力の座に長くいると、性格が変わる人格障害の一種」で、つまりは「オレ様化」してしまうのです。権力のある立場の人が、自分自身や自分の能力を拡大解釈し、自己のイメージを過度に膨らませ、いわゆる「傲慢(=過大な自尊心や自信を持つこと)」になります。そして、過度な自信、自己イメージへの執着、自己を批判する人への蔑視、現実からの逃避といった傾向が見られるのです。その結果、他人の意見やフィードバックを無視し、自己中心的な行動や判断を取るようになるのです。精神科医のスティーブン・バーグラス博士は『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事において「多くの善良な人々が、上司たちのヒュブリス・シンドロームに悩まされている」としています。(※5)コンサルティングファームのデロイトとワークプレースインテリジェンス社の調査によれば、企業経営者の88%が新型コロナウイルス感染症の流行に際して「自分はすばらしい決断をした」と答えているのに対して、経営者がすばらしい決断をしたと評価している従業員は全体の53%に過ぎませんでした。(※6)これらのデータは、人は権力の座につくことで、自分自身に対する認識のみならず、自分のチームや組織全体に対する認識をも歪めてしまうことを示しています。

実は、これは個人だけでなく、組織やリーダーシップにおいても発生します。組織やリーダーが過度な自信や高慢さに取り憑かれると、他のメンバーや利害関係者との協力やコミュニケーションが困難になり、組織のパフォーマンスや関係に悪影響を及ぼすようになります。今回の兵庫県のケースを見ると、知事だけでなく、副知事や「牛タン倶楽部」と呼ばれた取り巻きたちもヒュブリス・シンドロームに蝕まれていたように思えます。(※7)

英国の小説家ジョージ・オーウェル(George Orwell)は、ディストピアSF小説の「1984」の中でこう記しています。

Always there will be the intoxication of power, constantly increasing and constantly growing subtler.(常に権力者の陶酔があり、それは絶えず少しずつ増大し、成長していく)

この症候群は、企業のトップや政治家に至るまで、きわめて多くのリーダーに影響を与えてきたという歴史的事実も数多くあります。過去10年間の日本の政治や行政を振り返ると、モリカケ問題や桜を見る会、放送法解釈変更によるマスコミの萎縮(※8)といったヒュブリス・シンドロームに起因したと思われる問題がいくつも思い当たるはずです。

今回の兵庫県の問題が決して他人事ではないのは明らかでしょう。

※1:兵庫 斎藤知事パワハラ疑い 不信任決議案でヤマ場(NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240917/k10014583251000.html

※2:橋下徹氏 斎藤兵庫県知事の功績も「伝えてあげるべき」(デイリースポーツ)

https://www.daily.co.jp/gossip/2024/09/11/0018107544.shtml

※3:県の財政、2028年度まで赤字の見通し 分収造林や地域整備の両事業、財政指標の悪化避けられず(神戸新聞)

https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202402/0017310527.shtml

※4:兵庫県の財政は、借金の割合などで全国ワーストクラスの状況が続いている。(朝日新聞)

https://www.asahi.com/articles/ASS3Y6FCNS2MPIHB00S.html

※5:Rooting Out Hubris, Before a Fall(Harvard Business Review)

https://hbr.org/2014/04/rooting-out-hubris-before-a-fall

※6:The C-suite's role in well-being(Deloitte Insights)

https://www2.deloitte.com/us/en/insights/topics/leadership/employee-wellness-in-the-corporate-workplace.html

※7:【証拠文書入手】《妻をラクな部署に》斎藤元彦知事(46)の威を借る「牛タン倶楽部」が公務員人事を操作していた(週刊文春)

https://bunshun.jp/denshiban/articles/b9445

※8︰政権批判すると「飛ばされる」 放送法解釈変更、TV局萎縮の実態(毎日新聞)

https://mainichi.jp/articles/20230405/k00/00m/010/358000c

以上

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