大谷報道に見る日本社会の危うさ

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏

大谷翔平選手の元通訳水原一平氏の違法賭博騒動が今も続いています。(※1)大谷選手の口座から不当に送金した額が24億円、賭博の損失が62億円と、その額の大きさにあらためて驚かされています。水原容疑者の裁判の行方にも注目が集まるのは当然と言えます。

一方で、自民党の政治資金パーティー収入の裏金問題も未だに続いていますが、自民党の調査では実態解明は進まず、関係議員に対する処分は公平さに欠ける内容でした。(※2)衆参両院に政治改革特別委員会が設置され、政治資金規正法改正に向けた議論が本格化すると報じられていますが、果たしてどこまで進むのかは大きな疑問です。自民党総裁の岸田文雄首相が処分の対象外だったにもかかわらず、メディアの追及は中途半端で、日米首脳交渉での日本のメディア受けするスピーチ(パフォーマンス)のおかげか、もはや厳しい追及は期待できそうにありません。(※3)

気になったのは、日本社会の空気感です。元通訳の水原一平容疑者の違法賭博問題では、単なる通訳という立場を超えて、大谷選手のキャッチボールの相手をし、2回のMVP獲得を献身的に支えてきた水原一平氏には、多く称賛が寄せられていました。「成功を支える人」として日本の中学校の教科書に掲載される予定だった人物が、一転して違法賭博で何億円というお金を大谷選手の口座から盗んだ犯罪者となったのですから、180度評価が変わるのも当然でしょう。一方で大谷選手へ向けられた日本のメディアの目は当初から彼は被害者であり、そのヒーロー像に何ら変化はありませんでした。しかし、アメリカの一部大手メディアはこの件が報じられてから、大谷選手の記者会見がなされた後も、大谷選手への疑問を持ち続けました。結果的には、米連邦捜査局が大谷選手の「無実」と「被害者」だったことを認め(※4)、その後、水原容疑者が連邦地裁に出廷し、弁護士を通じ「大谷選手に謝罪したい」との意向を表明したことで疑問は100%解消しました。(※5)ここで触れたいのは、アメリカの一部メディアの姿勢(疑い)が間違いだったかどうかということではなく、相手に忖度することなく完全に確証が持てるまで疑問を持ち報道し続けるということです。この日米のメディアの姿勢の違いに日本社会の危うさを感じてしまいます。

日本のメディアは、空気感を優先し、安易な憶測や空気感にあった情報だけを流しているように見えます。確かに日本とアメリカという物理的距離や取材できる範囲などといった障害もあると思いますが、事実を正確に伝える努力というメディアの基本姿勢に問題があったように思えてなりません。人は自分が信じたい情報、好ましい情報だけを受け入れる傾向があります。ネット社会が広がってからは、さらに勝手な推測と解釈によって歪んだ意見が、酒席で噂話でもするかのようにSNSなどで拡散されるようになりました。そういう時代であればなおさらメディアの流す情報の正確性が価値を持つのです。それがなければSNS上のつぶやきと何ら変わらなくなり、メディアの存在意義を失うことになります。その場の空気や同調圧力、こうあって欲しいという受け手側の願望や取材対象のイメージを優先していなかったでしょうか?今回の場合、大谷選手の「野球に打ち込むことしか考えておらず、チームのためには年俸の後払いさえ受け入れる人物である」というイメージであり、水原容疑者については「そんな聖人君子である大谷選手を懸命に支える立派な人物」というイメージでした。もちろん、大谷選手はそのような人物ではあるものの、一切の欲がないような人物扱いをするのは行き過ぎでしょう。

また水原容疑者については、単なる通訳という枠を超えた縁の下の力持ち的な存在としてだけでなく、ウイットに富んだ回答ができる優秀な人というイメージを作ってしまい、個人だけでなく二人の関係性までをも偶像視し過ぎていたと言えます。だからこそ親しみを込めて「一平さん」とネット上で呼ばれ、さらには2人の関係性に「ほっこりする」などと書かれていたのでしょう。事実、同容疑者がいかに優秀で素晴らしい人物か、という記事も多数存在していました。しかしながら、事実関係を見ると、大金持ちである大谷選手を自身の欲望を満たすために利用したどうしようもない人物だったと断じざるを得ません。「人は見かけによらぬもの」、まさにその諺通りであったわけですが、勝手に誤ったイメージを作り上げたのはメディアや受け手側だったとも言えるのです。イメージや空気に左右され、事実を見ようとしない国民性と言われても仕方がないように思います。

これまでも同様のことはありました。憲法を蔑ろにし、国民を裏切り続け、国会において118回も嘘をつきまくった権力者に忖度し続け、亡くなってもなお悲劇の英雄のように扱い、その罪は未だに明らかになっていません。また、何度も性加害が取りざたされた芸能プロダクション社長を芸能の神様であるかの如く崇拝し、忖度し、見て見ぬふりをした結果、何百人もの被害者を出したという歴史的事件もありました。この事件についてはその後BBCが複数の旧事務所スタッフまでもがタレントを性的に虐待していたことを報じ、現社長がこれを認めるという新たな事実も明らかとなっています。(※6)しかしながら、日本のメディアは大きく取り上げていません。むしろ、性加害問題がすでに解決したかのように、旧事務所所属タレントの新会社設立や移籍などの話題ばかりが大きく伝えられ、所属タレントの活動も以前と何ら変わらない状況です。

裏金問題に起因した岸田政権と自民党の支持率の低下も、日米首脳交渉の際に一部メディアが国賓待遇と報道したことや、自民党支援者やマスコミ受けするスピーチと日米共同声明で述べられた「日米同盟は前例のない高みに到達した」や「世界の諸課題に対処するグローバルなパートナーシップ」などというフレーズで風向きが変わる可能性が高まったように思えます。しかし、この日米共同声明の際にアメリカ側のブリンケン国務長官やサリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官といった重要閣僚が立ち会っていないことや、日米首脳会談についてCNNなど3大ネットワークがほとんど報じていないことなどはあまり伝えられていません。(※7)この辺りにも日米のメディアの温度差を感じます。私見ですが、共同声明の内容を見ていくと、今後日本がアメリカの戦争に巻き込まれる(自衛隊が米軍の指揮下に組み込まれる)可能性が高まったように思えてなりません。(※8)本当に対等で健全な日米関係強化なのであれば、日米地位協定の見直しや米軍が持っている東京上空の制空権の日本への返還、沖縄の基地問題などにも触れられて然るべきではないでしょうか。そうでなければただの属国です。

本質的な問題は何ら解決していなくても、イメージが良ければそれで良しとしてしまう、これがこの国の大きな病巣のようです。メディアがというよりも、それを許容して見て見ぬふり、他人事で終わらせてしまう国民に大きな問題があると言えます。もし、国民がすべての報道が信じられなくなっているということであれば、これは別の意味で大きな危機であると思います。『マネジメント』で知られるピーター・ドラッカーは、1939年に出版した著者『「経済人」の終わり』(※9)の中で、「ファシズムが台頭する社会とは、プロパガンダがまん延して、「何も信じられなくなり、すべてのコミュニケーションが疑わしいものになることにある」と記しています。「メディア不信」があふれる日本はまさしく、その一歩手前のような気がしてなりません。

※1:大谷翔平の元通訳の違法賭博、臆測がもたらす怖さ(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODH160S80W4A410C2000000/

※2:1からわかる政治資金事件 自民派閥 いったい何が?(NHK政治マガジン)

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/104266.html

※3:岸田総理アメリカで演説。青木氏「スピーチの内容も相当練り上げて作ったそうです」(文化放送:大竹まこと ゴールデンラジオ!)

https://www.joqr.co.jp/qr/article/122001/

※4:米連邦検察「この事件で大谷氏は被害者とみなされる」…水原一平容疑者、連邦裁判所に出廷へ(読売新聞)

https://www.yomiuri.co.jp/sports/mlb/20240412-OYT1T50077/

※5:水原一平容疑者が出廷、保釈 大谷選手に「謝罪したい」(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE132550T10C24A4000000/

※6:ジャニーズ解体のその後……ほかにスタッフ2人がタレントに性的加害(BBC)

https://www.bbc.com/japanese/articles/c4n7xngj1rvo

※7:岸田首相の発言中、米高官はスマホ…会見現場で見えた「温度差」(毎日新聞)

https://mainichi.jp/articles/20240411/k00/00m/030/142000c

※8:日米首脳 防衛協力深め幅広い分野での連携強化を確認(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240410/k10014418491000.html

※9:「経済人」の終わり(ダイヤモンド社)

https://www.diamond.co.jp/book/9784478001202.html

以上

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