給料とベネフィットのバランスについて
パシフィック・アドバイザリー・サービス
代表取締役社長
武本 粧紀子 氏
仕事を探している人が、フルタイム・パートタイム・テンポラリー、場所、の次に着目するのは給料レンジです。フルタイムの仕事を探している場合には、当然の「権利」として、ベネフィットもついてくる、と考えがちです。本来はベネフィットは「ギフト」であって、権利ではないのですが、医療費の高い米国では特にフルタイムの仕事を探す目的として、「健康保険」をあげる人もたくさんいます。
法律上も、従業員が50人以上いる雇用主は、フルタイムの従業員を雇用した際には、90日以内に医療保険を提供する必要があるので、従業員が「権利」と考えるのも仕方がないかもしれません。雇用主は、必要があれば従業員の家族も、子供も26歳になるまでは加入させる必要があります。これは、 Affordable Care Act (ACA) で決められています。法律上雇用主は、従業員の保険の掛け金を50%負担する必要があります。
しかし、従業員の家族に保険を提供する義務があても、家族の掛け金を負担する義務はありません。
(参考文献:“Health Insurance When Starting a New Job: When Does It Begin?”, December 6, 2026)
では、実際に米国ではどのくらい雇用主はベネフィットにお金を使っているのでしょうか?
KFFのレポートによると、実際に支払っているお給料の20%から50%相当を雇用主はベネフィットにお金を使っているそうです。もちろん、これは医療保険だけではなく、バケーションなど別のベネフィットも入れた数字ではありますが、やはり一番ウェイトが思いのは医療保健です。(参考文献:”What percent of health insurance is paid by employers?”, People Keep, February 2, 2024)
2023年の、従業員の一年間の保険の掛け金の平均は、本人だけの場合は$8,435、家族もカバーする場合には$23,968だそうです。一口に言っても、一家庭の保険の掛け金が約$24,000ということは、もし雇用主が全く保険の掛け金を負担しないとすると、税引前で年俸$50,000の人のお給料の約半分にもなりますし、税引き後を考えると、一年間働いても赤字になると思います。
では、平均で、雇用主はどの程度従業員の保険の掛け金を負担しているでしょうか? 雇用主の平均負担額は、本人だけの場合は83%($7,034)、家族の場合は73%($17,393)だそうです。家族の医療保険もカバーするとなると、雇用主にとっては大変な負担ですよね。(参考文献:同上)
従業員のベネフィットに同じお金を使うのであれば、従業員も雇用主も双方が満足するような方法を考えるべきです。
せっかく雇い、トレーニングもして、経験を積んだ従業員が辞めてしまうのは、やはり雇用主としてはダメージが大きいです。独身の時に雇った従業員が、やがて家族を持ち、家族も雇用主の保険に加入することを考えると、家族の医療保険の掛け金もある程度雇用主が負担する方が良いと思います。
他方、広告などの求人票では、ベネフィットの覧に「健康保険あり」と書いてあることが多くても、保険の内容はもちろん、自己負担の割合、家族までカバーするか、などは書いていないことがほとんどです。
お給料だけに着目して、面接を経てオファーを受けた方が、最後の最後になって、ベネフィットの詳細を聞いてオファーを辞退する、ということも実際にあります。逆に、非常に手厚いベネフィットを提供しているにもかかわらず、候補者が給料レンジだけを見て「もっと給料の高いポジションが良い」と考え、応募を見合わせることも実際にあります。
他方、従業員のニーズを考えて、雇用主は定期的に雇用主負担の医療保険のパーセンテージを見直すことも大事です。一般的には、従業員の個人負担はシングル17%、家族分27%ですが、この数字が自分の従業員の望んでいるものと近いか、逆に雇用主の支払い負担を大きくしていないかを考えるべきです。
新たに社員を募集するときに、給料レンジだけをみて応募をはばかる候補者を防ぐためには、「ベネフィットが素晴らしく、家族の医療保険も80%は雇用主負担」と具体的に書く、という方法もあります。
従業員が「家族の保険まで負担してもらっている人がいて不公平である」など不満がある場合にはインセンティブを支払う、という方法もあります。もっと言えば、従業員が配偶者などの保険に加入できるので、自分または家族の保険が必要ない、ということであればその分、インセンティブを支払う、という方法もあります。例えば、雇用主としては、家族の医療保険に年間$24,000支払うところ、それが必要ない、となれば、インセンティブとして年間$10,000支払ったとしても、経費は大幅に削減できます。従業員としても、それだけ報酬をもらえるならハッピー、ということになります。
ちなみに、50人以上従業員のいる雇用主が保険を提供する必要はありますが、オプト・アウトと言い、本人が会社の保険に加入しないことは違法ではありません。
保険会社の医療保険の掛け金は、従業員がたくさん医療費を使用し、保険会社の負担が大きくなると掛け金は高くなります。掛け金が高くならないように、病気を防ぐことも必要です。
一年に一度の健康診断を奨励する。従業員が健康診断に行った場合、一日有給の特別休暇を与える、健康診断にかかった個人負担分を雇用主が負担する。インフルエンザなどの予防接種も奨励し、個人負担分を負担する、あるいは$10とか金額を決めて、キャッシュカードをプレゼントする。本人が感染症にかかることを防ぐだけでなく、職場に感染症を持ち込ませない効果もあります。
体を鍛え、病気にならないように、スポーツクラブの会費を雇用主が負担する。会社の時間中に、健康に暮らすためのセミナーを実施する、なども考えられます。
良い従業員を確保し、健康でいて、生産性を向上し、長く、幸せに働いてもらい、雇用主も従業員も幸せであるために、お給料とベネフィットのバランスを考えてください。
(2024年5月10日(金)のシカゴにおけるHRサミットの内容と一部重複します。)
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