日系企業の生成AI導入への長い道のり

AI

​Waterview Consulting Group Inc.
創始者、CEO
今泉 江利子 氏

生成AIが職場にやってきた!

生成AIという、インターネット出現以来の巨大テクノロジーが、世界のあらゆる日常業務を変化させています。議事録や提案書の作成、翻訳はもちろん、プレゼンに使うパワーポイントや、ブログやバナー付きの告知案内、そして3日間の研修内容まで、単語や要点を入れただけで、1分もすればドラフトが出来、コンサルタントや相談相手にもなってくれる、という優れモノ。この影響力莫大なテクノロジーの出現を受けて、IBMの最新レポートでは、アメリカのCEOたちは2018年から2023年までの間に、44%の仕事の内容が変化すると予測しています。もちろん、失われる職もありますが、注目すべき点は「AIに職を奪われるのではなく、AIを駆使できる人間に職が奪われる」のだと、IBMレポートは語っている点です。

そしておそらくこの提言は、「AIが会社をつぶすのではなく、AIを駆使している会社がほかの会社をつぶす」と同義語になると思われます。

生成AIの一つであるChatGPTは、史上2位の5日間という短さで、ベンチマークである100万人のユーザー登録を獲得したテクノロジーです。多くの企業は、この職場に大きな影響を与えているテクノロジーを、早く安全に導入し、駆使するために動いています。

全体を見るために、まず国別普及率の調査から。

議事録制作のNotta の2023年度2月の調査によると、アメリカ(14.8%)、インド(8.2%)、コロンビア(4%)、フィリピン(3.7%)、日本(3.1%)が生成AI普及の上位5カ国ですが、反対に中国やロシア、ベネズエラなど一部の国ではまだ解禁されていません。 

企業の生成AI導入率はどうでしょうか?

NRIセキュアの調査では、2023年の日本企業の生成AI導入率は17%で、米国の74%、オーストラリアの66%に比べて大きく水をあけられています。理由はと言えば、情報漏洩防御などのルール整備を優先しているから。調査に参加した日本企業の10%に当たる165社が、「使用禁止のため未導入」と回答しています。

米国にいる日本人ビジネスパーソンのChatGPTの利用率を見てみましょう。

弊社の昨年8月からの過去5回の、ChatCPTセミナーに登録した在米日本人ビジネスパーソンへのアンケート調査によると、ChatGPT無料版利用の人が58%、有料版利用が6%、未使用の人は31%となり、会社で導入を検討している会社も13%に上っています。セミナーに登録した、生成AIに対して興味を持っている人達の70%近くの人が、何らかの生成AIを使っている、ということになります。反対に、案内を受けたが、セミナーには登録しなかった人も含めると、生成AIを利用している人の割合は21%となり、去年の2月の調査の米国での普及率を上回ります。

在米日系企業ビジネスパーソンのChatGPT利用率(セミナー登録した133人の調査(2023年10月‐2024年3月)

ビジネスパーソンや企業が、こぞって生成AI導入を検討する一番の理由は?

時短・生産性向上と経費節減です。前述のNottaの調査では、2023年2月時点で、すでに米国企業の24%が、生成AIの利用で年間7.5万ドル以上の経費節減を実現していると答えています。現在の人材不足が生成AIにとって代わることを考えると、生産性向上による経費節減効果の金額は、ますます増加すると思われます。そして、それにつれて米国企業の価格競争力や、新製品ローンチのサイクルも向上するはずですから、日系企業としても遅れをとるわけにはいきません。

さて、ここからが本題です。

前述のように、生成AI導入に対し、そのルール整備のために、日本・日系企業が多くの時間をかけています。しかしながら、もう一つ大きな問題があるようです。それは、社員の意識のばらつきによるIT導入の遅延です。

弊社が調査した日系IT企業数社によると、新しいIT導入の一番の障壁は、社内における受け入れ意識のばらつきでした。このため、導入後1年、2年たっても、新しいIT環境が定着しない、という驚きの現実が浮かび上がったのです。

どうしてこんなことになっているのでしょうか?

生成AIなどITの進化がここまで早いと、社内全体の日常のITアップスキリングや、ITを積極的に取り込もうという意識が醸成されているか否か、がコトの勝敗を決めます。残念なことに、日系企業は歴史的に、米国での中途採用者に研修は必要なし、という考え方が中心でした。その状態が長期にわたったことから、年次が古い社員は新しいIT環境にアレルギーを起こす、反対に新人は歓迎する、という社員の意識にばらつきがあるのです。悪くすれば、遅延する新しいIT環境の定着にしびれを切らし、新人が離職するという悪循環も招いています。 

社内に新しいIT環境導入を歓迎する文化を簡単に作るには?

いろいろ試した弊社の例で一番効果を上げたのが、Eラーニングの経年受講による教育、啓蒙活動でした。

Eラーニング? あの長時間の、面白くない苦痛なコース?それこそ社員の反発に遭うのでは?と思った方は、すみませんが時代遅れです。最近のEラーニングは、アニメ仕様でサクサク終わる、Z世代でさえクリックしたくなるコースが主流。

社員の意識を高める目的で、ある会社では以下のようなEラーニングコースを選び、経営トップはじめ、社員全員が受講しました。結果は社員の意識上昇、ITの導入にも前向きになり、社内に新しいITを歓迎する一体感が醸成されて大成功でした。

Eラーニングコースは、いずれも15分程度の長さ、1か月に2コースのペースで社員への負担は少なく、経営トップが一緒に同じコースを毎月受講したこともあり、反発の声は全く上がりませんでした。運営は簡単で、費用も安価。シンプルな方法で、社員に啓蒙教育が提供できたわけです。

【テクノロジー教育コース群】

  • What is Digital Transformation?

  • Why do you Need a Digital Culture?

  • The Impact of Training on Digital Change

  • Is Digital Transformation Just Change?

  • Being Adaptable

  • Driving Innovation

  • Reskilling & Upskilling - The Power of Skills

  • Current vs. Future State Mapping

この会社は、この後も、コンプライアンスや、各部が必要とする最新のビジネススキルのコースの受講を継続して、社員にリスク管理教育、アップスキリング、リスキリング、福利厚生の4拍子が提供できています。

まとめ

ビジネス環境が倍速で変化している現代、社員に日常的な学びの機会を与えないと、企業の存続が危ぶまれるほどの時代が来ています。「教育しないで雇い続けることは、教育して辞められてしまうことよりもリスクが高い」と言ったのは、米国で有数のモチベーショナルスピーカーZig Zigler氏。

昨日のスキルと知識だけで戦うには、あまりにリスクが高すぎます。企業が健全なGoing Concernであるためにも、社員全員に、ぜひ日常的な学びの機会を与えてください。

以上

記事の無断転載を禁じます。

——————————————————

今泉 江利子 氏

Waterview Consulting Group Inc. 代表

日米の金融、コンサルティング業界で20年の経験を積んだ後、2009年英国でエグゼクティブコーチング認証を取得。2012年Waterview Consulting Group, Inc.を設立、日本、日系企業にエグゼクティブコーチング、異文化コミュニケーション、コーチングスキルなどの企業研修、リスク管理、アップスキリングなどのeラーニングコース1000コースをHORENSO ブランドで提供。2018年にオンラインでの新入社員研修オンボーディングを自社開発。NJ州プリンストン在住。ご質問は、eriko@waterviewcoaching.comまでご連絡ください。   

Previous
Previous

「お前はクビだ!(“You are fired!”)」

Next
Next

日本の公的介護保険制度について