新紙幣発行の陰に感じる懸念
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏
先月、新紙幣が発行されたのはご承知のとおりです。20年ぶりの新紙幣とのことですが、果たしてどういう意図があったのでしょうか?
財務省は、ホームページ上で今回の新紙幣の発行について、偽造紙幣による被害防止のためと説明しています。(※1)
また、同時に前紙幣発行から20年近くが経過し、その間に民間の印刷技術が大幅な進歩を遂げていること、目の不自由な方や外国人のためにも、ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた紙幣デザインが世界の潮流であることなどをその理由としています。
マスコミの報道を見ると、20年周期で新札を発行しているからという説明も目につきますが、ほぼ20年周期となったのは、1984年以降でしかありません。(※2)つまり、今回が2回目ということになります。1963年発行の伊藤博文千円札を数えたとしても、3回目です。20年周期というのは、こじつけ過ぎという気がします。前例や慣例に倣う役人としてはもっともな理由になるのでしょうが。
また、偽造紙幣による被害防止という目的も、果たしてどうでしょう?警察庁のデータを拝見すると、偽造紙幣の発見数は年々減っており、昨年は令和2年(2020年)のほぼ1/4、ピーク時(2004年:25,858件)の1/30以下の被害です。(※3) キャッシュレス化が進み、日常生活で紙幣に触れる機会が減ったことが大きな要因だと思われます。(※4)
もう一つの隠れた理由が、60兆円(※5)とも言われるタンス預金のあぶり出しです。高齢者のタンス預金をあぶり出し、消費を促し経済を回すこと、贈与等によりお金が若い世代へ流れることを狙っているという説です。たしかにタンス預金の場合、今回の新札発行によって保有する現金が旧札となることから、タンス預金を減らす動きに繋がる可能性はあるでしょう。
新紙幣発行がキャッシュレス化を促進するという視点もあります。(※6)日本のキャッシュレス決済は世界レベルで見てかなり遅れています。紙幣の刷新に伴い、新紙幣に対応した機器更新などのコスト負担が生じるため、その代替手段として企業のキャッシュレス化対応が進むと考えられるからです。実際、先日立ち寄ったカレー専門のチェーン店では、食券機が新札に対応しておらず、店員にキャッシュレス決済での食券購入を勧められました。その後来た高齢者の方は、キャッシュレス決済手段を持っていなかったため、何度も店員とやり取りをし、結果的に旧札への交換をして食券を購入するという場面も目にしました。テーマから逸れますが、キャッシュレス決済が世界潮流とはいえ、情報弱者への行政の施策にはまだまだ大きな問題があると感じます。
さて、新紙幣発行についてその意図を確認してきましたが、実はもっと大きな懸念があると思っています。それは、この新紙幣発行は第二次安倍政権下で計画されたものであるという点であり、それが未だに進められているという点です。「紙幣識別機の交換から発生する天文学的な金額の利権を求めて紙幣の刷新を決めた」という説(デマ?)もありましたが、アベノミクスを強引に進めてきた故安倍首相にとっては、新札発行はまさに「輪転機をぐるぐる回して日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」という彼の発言(※7)通りの政策だったといえます。アベノミクスの評価については賛否ありますが、そもそもアベノミクスは円安誘導策であったわけで、金融緩和により円安となり、それに伴って株価が上がったという側面はあるものの、それ以外に評価できる点はないと私は思っています。今や行き過ぎた円安によって、日本の大安売り状態になっている現状を見るととても評価できません。これこそ売国であると言いたいところです。アベノミクスの成果であると言われていたもののほとんどが、世界経済の回復の追い風によるものでした。アベノミクスといわれる異次元の金融緩和の仕組みは、政府が将来の借金である国債発行によって資金調達をします。それを銀行などに蓄積されている庶民の預貯金を使って購入し、そして金融機関から国債を日本銀行が買い上げるというものでした。
買い上げるために日本銀行券(紙幣)がその分発行されます。つまり、政府の借金を日銀が紙幣を発行することによって賄うという財政法第5条で禁止(国債の市中消化の原則)されている財政ファイナンスだったわけです。(ただし、国会の議決があれば可能とも規定)日銀が諸外国同様に金利を上げれば国債の利払いが増加することになります。金利が1%上がることで年間5.6兆円の利払いになるとの計算もあります。当然、日銀としては余計な利払いを払わないという第一の選択肢があるわけですが、仮に金利上昇分の利払いをするとしても、日銀はその金額に見合うだけの紙幣を印刷して支払に充てるという第二の選択肢があるわけです。新札発行はまさにこの政策と大きく関連しているように見えます。歴史を振り返れば、1929年に起きた世界恐慌に対して、時の大蔵大臣高橋是清は1932年から1935年の間、日銀に国債の直接引き受けを行わせ、積極的な財政支出政策を実施し、昭和恐慌を乗り切りました。しかし、景気回復に伴い、金融緩和政策を転換するとともに財政規律を回復させるため、日銀による国債の直接引き受けを停止しようとした矢先、「二・二六事件」で亡くなり、歯止めがかからなくなります。その後軍部が財政ファイナンスによって軍事費を膨張させ、軍事体制を確立し、第2次世界大戦に突入していったわけです。
円安とインフレがこれだけ進んだ今、高橋是清のように財政ファイナンスを止めようとする政治家がいないどころか、継続しようとする政府の姿勢に大いに疑問を感じます。新札発行と60兆円とも言われるタンス預金の一部とはいえそれが市中に大量に出てくることになれば、流通する現金が大幅に増える可能性があります。現在、日本は世界一現金流通残高が多い国(GDP比)です。(※8)それまではタンス預金として隠れていた現金が市中に溢れ出し、さらに金融緩和的な紙幣の増刷をすることは、円安でインフレが続くこの国でハイパーインフレを起こす可能性が高まるリスクがあるということです。ローンの返済額が急激に上昇し、返済できない人が増加し、また借金を抱えた企業も同様に増加することで日本の景気を急激に冷やすことになりかねない大きな問題だと思っています。(その程度で済めばまだいいのかもしれませんが。)
新札の肖像画に選ばれた人物ゆかりの地の人たちが、無邪気に新札発行を喜んでいるニュースや記事から感じる希望や朗らかさの一方で、今後の日本経済に大きな懸念を感じてしまいます。
※1:なぜ紙幣や貨幣のデザインを変えるのですか(財務省)
https://www.mof.go.jp/faq/currency/07ao.htm
※2:【図解・経済】紙幣肖像の変遷(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_kinyushoken20190409j-06-w490
※3:偽造通貨の発見枚数(警察庁)
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/gizou/gizou.pdf
※4:紙幣は「最後のお札」になるのか デジタル通貨で現金離れが加速?(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASS7124YLS71ULFA02PM.html
※5:現金決済、いまだに6割…紙幣流通量の半分60兆円は「タンス預金」とも(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240629-OYT1T50024/2/
※6:新紙幣発行によってキャッシュレス化は加速する?ビジネス環境の変化に企業が打つべき一手とは(docomo business Watch)
https://www.ntt.com/bizon/new_banknotes.html
※7:「普通の日銀」なお遠く 「異常」な政策、11年でようやく終焉(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASS3N62GTS3MULZU00H.html
※8:増える日本の現金流通、世界で突出(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ21HGM_R20C17A2000000/
以上
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