悩めるアメリカ生まれの二重国籍者

CDH会計事務所
国際税務コンサルタント
ハラ 基江

国際化が進む現代社会において、二重国籍を持つ人々は少なくありません。しかし、二重国籍者には特有の税務上の複雑さがあります。特に、アメリカ生まれの二重国籍者は、市民権に基づく米国の税務制度に従う必要があるため、複雑な税務問題に直面することが多いのです。

米国籍がもたらす税務上の悩み

米国の税務制度は、市民権に基づく課税を行っています。これはアメリカ国籍を持つ者は、世界中で得た所得を米国に申告する義務があるということです。このため、アメリカ生まれの二重国籍者は、たとえ日本に住んでいても米国税務当局(IRS)に対して申告報告を行わなければなりません。

特に、金融口座 (FBAR/Foreign Bank Account Report)やFATCA (Foreign Account Tax Compliance Act)に基づく報告義務があるため、納税義務がなくとも、日本に持つ金融口座の情報を米国に報告しなければなりません。これにより、二重国籍者はアメリカの税務当局に対する義務を果たすために多大な労力を要します。

金融口座を開設する際の悩み

日本でNISAなどの金融口座を開設する際に、「米国の国籍を保持しているかどうか」という質問が出てくるのはアメリカの税務制度に基づく要件が影響しています。これは、アメリカの税務当局が世界中の米国籍者の所得等を把握するために、各国の金融機関に報告を義務付けているからです。これにより、アメリカ国籍を持っていると答えた場合、金融機関はその情報をアメリカ税務当局に報告しなければならないため、口座開設が複雑になることがあります。さらに、金融機関によっては米国籍者の口座開設を敬遠する場合もあります。

日本居住の米国籍者が口座を開設できないというわけではありません。ただ、一般的には、オンラインでの口座開設が利用できない、外国株取引口座の開設、外国株や外国投信、外国債券等、一部商品の取引が制限される場合があります。

日米税務申告の複雑さ

二重国籍者が直面するもう一つの大きな悩みは、日米両国での税務申告の手続きです。日本とアメリカの税務制度は異なるため、それぞれの制度に従った申告が必要です。例えば、為替レートの影響を考慮しながら二つの異なる税務申告書を作成する必要があります。

また、二重課税のリスクも存在します。たとえ日本で所得税を納めていたとしても、アメリカの税務当局に対しても同じ所得に対する税金を支払う必要がある場合があります。これを避けるためには日米租税条約を活用し、外国税額控除を申請することが重要です。

日本に住んでいる日米二重国籍者にとって、日本に住み日本で納税しているのに、そしてアメリカで働いてもいないのに、なぜアメリカに対しても納税義務があるのかと納得できない人もいるでしょう。しかしながら、理解しなくてはならないのは、2 つの国の課税制度の違いです。日本とアメリカでは制度が異なり、日本では「住んでいる国=居住地主義」の課税、アメリカでは「生まれた国=出生地・国籍主義」の課税が採用されています。「Residency-Based Taxation」と 「Citizenship-Based Taxation」の違いです。日本のように「住んでいる国=居住地」に基づく課税を採用する国は、基本的に日本の居住者からのみ税金を徴収し、日本国外に居住し働いている日本国民からは徴収しません。しかし、アメリカは日本のような居住地に基づく課税を採用していません。

「生まれた国=出生地・国籍ベース」の課税制度を採用しているアメリカのような国では、居住地に関係なく、米国籍保持者は全世界の所得に対して米国に税金を支払う必要があります。従って「生まれた国」×「住んでいる国」のダブルとなる「アメリカに生まれ×日本に住んでいる」人へはどちらの国からも課税権があります。二重課税を課される可能性のある二重国籍者にとっては悩ましいことです。

しかしながら、同じく理解しなくてはならないのは、両国に課税権があるからといって二重国籍者が支払う税金が2重になるわけでもないことです。これは、前述の通り、国際化が進む現代ならではの「租税条約」が存在するからです。日本とアメリカは日米租税条約を締結しています。先進国である日米の二重国籍者は、日米租税条約の恩恵を受け二重課税を避けることができます。「税金をダブルで支払いたくないから確定申告をしないほうがよいのでは・・・」といった漠然とした不安は解消できる根拠があります。

おわりに:二重国籍者としての心構え

正しく知ることで不安や恐怖は払拭できます。まずは、両国の税務制度を理解することを心掛けてください。それにより安心感が生まれると思います。税務制度に関わらず、国の法律は頻繁に変わることがあります。自分が生まれた国を自分自身で選ぶことはできなかったかもしれませんが、これからの自分の生き方は自分自身で選ぶことが出来ます。自分はどの国の国民でいたいのか?自分はどの国に住みたいか?自分はどの国で資産形成をしたいか?自分のアイデンティティは・・・?自問自答するためには両国に対し解像度の高い理解が必要でしょう。成人者は、それぞれの国に対し責任が伴います。二重国籍者は、両国において新しい法改正や報告義務が発生した場合でも、冷静に対応し、必要な手続きを進めるようにしましょう。

参考文献 

以上

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