リスキリングなくしてDXなし

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏

昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション)やリスキリングという言葉を、ニュースや新聞でよく見かけます。DXの重要性については、以前「“DX”(デジタルトランスフォーメーション)=“IT化”ではない」で説明しました。今回は、DX推進上でのリスキリングの重要性について解説します。

リスキリングとは、簡単に言えば「職業能力の学び直し」のことです。経済産業省が実施した『第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会』では、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」(※1)と定義されています。2020年に開催された世界経済(ダボス)会議では「リスキリング革命」と題して「2030年までに地球人口のうち10億人をリスキリングする」(※2)と発表され、日本経団連も2020年11月に「新成長戦略」の中でリスキリングの必要性について触れています。(※3)

テクノロジーの急速な進化によってビジネス環境は劇的に変化しており、多くの企業がビジネスモデルや事業戦略を大きく転換する必要に迫られています。新型コロナウイルスの影響で、多くのモノやサービスの提供が「非対面」で行われるようになり、WEBやクラウドを通じたビジネスが一気に拡大しました。これらも一種のDXですが、必要なのはネット上で売買の仕組みを作ることだけではなく、自社のWEBへ誘導する仕組み、検索エンジン最適化、顧客の動線を決めるWEBデザイン、非対面で商品やサービスをアピールするための営業手法、注文発生後に商品のデリバリーを効率的に行えるプロセス、アフターサービスやフォローのための窓口の設置や仕組み、さらには、発生し得るデジタル&非デジタルなトラブルへの効率的な対処策など多岐にわたります。DXの推進には、ビジネスプロセスのすべての場面で、これまでとは異なるスキルや能力が必要になるということです。だからと言って、デジタルスキルのない従業員を解雇して、外部からデジタル人材を採用するという方法は現実的ではありません。そうした有能なデジタル人材は多くの企業が求めているため、採用自体簡単ではありませんし、高いスキルをもつDX人材を何人も採用するには高い採用コストが必要になります。社内の人材をリスキリングすることで有効活用できれば、採用コストを削減できるだけではなく、余剰人員の解雇を避けることも可能となります。

つまり、リスキリングこそが、DX時代の新たな人的資源戦略であり、「リスキリングなくしてDXなし」なのです。

労働者側の視点から見れば、「技術的失業」の脅威が迫っているという現実もあります。人工知能(AI)の普及や自動化、IT技術の進歩によって、もはや人間の仕事の多くが機械に代替されるようになることは否定できません。一方、データ分析やサイバーセキュリティーなどの新しい仕事は、すでに担い手が不足しています。そうした背景から、日本政府も、成長分野へ人材をシフトさせるためにリスキリングを推奨し、そのための支援制度を準備しているのです。リスキリングを進めなければ、企業は必要となるスキルをもたない余剰人員を大量に抱えることになりかねません。それゆえリスキリングは、企業のこれからの人材戦略で欠かせない一手であり、とくに「業務効率性・生産性の向上」「人材採用・育成におけるコスト削減」「定着率の向上」において、大きな効果が期待できるのです。

海外では早くからリスキリングに取り組んでいる企業が数多くあり、日本企業においても徐々に導入が進んでいます。いくつか代表的な事例をご紹介します。

Amazon:2019年に2025年までにアメリカの従業員10万人をリスキリングする大規模な計画を発表。技術職ではない従業員にスキル学習の機会を与え技術職へ移行させる支援を図ったり、デジタルスキルをもつ従業員が機械学習のスキルの習得を目指したりするプログラムを提供している。

Walmart:店舗従業員の社内研修にVRを使用。2016年に試験運用を開始し、2018年9月には45の研修プログラムを用意し、約1万7,000台を全米の店舗に導入。VRで大規模セール時や繁忙期の店舗の様子を再現し、顧客対応の訓練に成果を上げている。今後、自然災害などのトラブル時の対応や新設備の操作方法の習得などにも活用する予定。

大阪ガス:従業員のデータ分析力を高める「データ分析講習」を実施。講義に加えて、プログラムに自主演習やグループ演習を用意し、データに触れる実践の場を多く設けている。初級・中級・上級の3コースがあり、2011年からの累計で、3講座を受講したグループ従業員の数は延べ約1,900人(2019年時点)。

丸紅:デジタル技術を用いた新ビジネスを創出できる人材の育成を目指し、全従業員を対象としたリスキリングを実施。Python やデータ分析、機械学習などの研修の他、データサイエンティストによる個別フォローなども。優秀な成果を挙げた従業員や特に成長した従業員には、表彰や人事評価への反映も実施。

時代の移り変わりが激しく、人に代わってAIやロボットが活躍する時代が迫っています。労働者すべてが今持っているスキルだけでは生き残りは厳しくなるでしょう。人生100年時代におけるスキル獲得やキャリア形成のあり方が大きく変わっているのです。企業にとっても人材の有効活用、生産性の向上、ならびに新たな事業開発は不可避となっています。その点で、リスキリングは労働者、企業双方にとってのサバイバル手段と言えるでしょう。

※1:経済産業省 第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf

※2:『リスキル革命』~ダボス会議で「2030年までに10億人のリスキル」が提唱

https://jma-news.com/archives/aw_compass/3619

※3:日本経団連 2020年11月「新成長戦略」

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/108.html

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