ESLの歴史 ― 第二言語を身に着ける

日本で外国人の子供が日本語がわからないというだけの理由で本来は学習障害など抱える生徒の為の特別支援クラスに入れられてしまっている、という記事がでていました。というのも、日本の公立小中学校には、外国人に日本語を教えるきちんとしたプログラムがない学校が多い上に、先生も日本語を母語としない子供をどのように扱ってよいかわからない、という面もあります。日本語がわからないと「かわいそうだから」と思ってしまうようです。その結果、普通学級で学ぶべき勉強をこなせず、高校や大学進学に必要な学力がつかない、ひいては将来良い仕事につけない、という結果を引き起こす可能性があるのです。(参考文献:「日本語わからず特別支援学級に。「かわいそうだから」と判断される外国人の子ども、閉ざされる学び」Huffpost, 金春喜、2023年3月30日:日本語わからず特別支援学級に。「かわいそうだから」と判断される外国人の子ども、閉ざされる学び | ハフポスト 特集 (huffingtonpost.jp)

母語が英語ではない外国人が英語を勉強するためのプログラムは植民地統治時代の大英帝国(現在のイギリス)で始まりました。この時代にはまだ植民地政策を上手く行うための手段として、植民地で英語教育を始めた、という面が多かったと思います。

次第に、英国が気が付いたのは、植民地の人々に英語を第一言語として学ばせるのではなく、母語を持ったまま、第二言語として学ばせる方が良い、ということでした。つまり、ESL(English as Second Language)の重要性です。

アメリカでは、植民地時代には英語の他、スペイン語、フランス語が第一言語の地域もありましたが、1920年代には学校教育は英語のみで行われるようになりました。

第二次大戦後、アメリカでは再びESL教育の重要性が認識され、ESLはさらに普及しました。また移民の人達が母語を学ぶこと、アメリカ人が外国語を学ぶことも奨励され始めました。(参考文献:”The History of ESL”, by Yourdictionary staff, July 13, 2021)

現在、私の住んでいるイリノイ州では、2022年の時点で77%の公立の学校にESLがあります。(参考文献:”Illinois State Board of Education, July 7, 2022)

アメリカでは、家で英語でない言葉で話している家庭は21.7%、あるそうです。つまり、4-5家庭のうち1家庭は家で英語でない言葉で話しています。地域差もあるでしょうから、都心部ではそれよりもっと高い割合の家庭で英語でない言葉を話していると思います。(参考文献:”Language Spoken at Home” , United States Census)

日本が一朝一夕でアメリカのESLのような仕組みができるとは考えられません。しかし、世界がこれだけ近くなってきたので、もっと移民してきた子供が本格的に日本語を学ぶ仕組みが必要だと思います。それと同時に、「日本語がわからなくてかわいそう」と哀れみをかけるのではなく、「日本語を勉強中なので、そのうちわかるようになる」と見守ることも必要だと思います。

ロシア語通訳であった、故米原万里氏が「魔女の1ダース」という本の中で以下のようなことを書いています。

米原さんは、お父様のお仕事の都合で、小学校3年生からチェコスロバキアの首都プラハに滞在し、ソビエト大使館付属8年生学校に通われました。つまり、ロシア語の小中学校です。

「ここに入学する全ての非ロシア人は、最初の時期授業はチンプンカンプン。喧嘩もできない。皆が笑う時に一緒に笑えない。とにかく先生とも学友とも意思疎通がはかれなくて並々なる寂しさと苦痛を味わう。」(p. 206)

日本から米国に来られた方は、多かれ少なかれ、英語で同様の体験をなさっていると思います。

しかし、最初にどんなに苦労をしても、ロシア語に近いスラブ系の母語を話す子供たちは、2-3か月で、ヨーロッパの言葉を母語とする子供たちは4-5か月で、日本語のように言語的に最も遠い言葉を母語とする子供たちも皆6-7か月でみなロシア語をマスターするそうです。

そして面白いことに、言語的に遠い言語を母語とする人ほどより完璧なロシア語を身につけられ、言語的に近いスラブ系の言語を母語とする人達は最後まで母語を引きずる、と指摘されています。つまり、自分の言語に近い言葉には「言語間干渉」というものが起こり、人間の脳の中で「あるパターンを新たに取得する労力を惜しんで出来合いの類似パターンで間に合わせてしまう機能がオートマチックに作動してしまう」ためだそうです。

米原氏は、「言語間の距離が遠ければ遠いほど、言語間干渉は怒りにくい」「初級を徹底的に身につけること、これが言語を身につける基本」と結論づけています。(参考文献:「魔女の1ダース」米原万里、新潮文庫、平成12年1月1日)

米国で英語を学ぶ外国人の子供も、日本で日本語を学ぶ外国人の子供も、飛躍的に言語を取得できる時期が必ずきます。日本で安易に日本語を母語としない子供を特別支援学級に入れないことを祈るとともに、日本語を母語とする子供たちも、最初は苦労しても、英語と日本語は「距離が遠い」言語なのですから、より完璧な英語を身に着けることができると思います。

記事の無断転載を禁じます。

———————————————

弊社は人材紹介・派遣だけではなく、人事コンサルタントも行っています。ご質問などございましたら、武本粧紀子 (stakemoto@paschgo.com 847-995-1705) までお問い合わせ下さい。

Previous
Previous

日本の状況を企業に置き換えてみると…

Next
Next

首相襲撃事件から見える日本の危うい未来