サイバープロパガンダに踊らされないために

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規

先月は家族の問題で休載を余儀なくされてしまいました。私の記事を期待していた(?)皆様には本当に申し訳ありません。個人的な家族の問題にも関わってくるのですが、ちょうど高額療養費制度の負担上限額の引き上げが見送られることになりました。(※1)しかし、未だ予断を許さない状況であると思います。

現実の問題として、日本の財政に占める医療費の割合は年々増加しており、GDP比で見ても2007年にOECD加盟31か国中21位(GDP比8.1%)だったものが2022年には4位(11.5%)まで上がってきています。(※2)こうした状況から公的医療保険財政の健全化は日本にとって大きな課題であることは間違いありません。しかし、社会保険の目的やその歴史を無視した弱者切り捨てという結果にならないことを強く願っています。

そもそも高額療養費とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額(入院時の食費負担や差額ベッド代等は含まない)が、ひと月(月の初めから終わりまで)で上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度です。(※3)国民皆保険制度と並ぶ、医療のセーフティーネット(安全網)と位置づけられる世界に誇るべき制度と言えます。「医療費で破産する人が自己破産の4割ぐらいを占めている」(※4)とされる米国の状況を考えると我々日本人はもっと誇っていいように思います。連日のように伝えられる「ニッポン凄い!」的な偏った記事やニュースよりも、こうした部分をメディアには伝えてもらいたいものです。

高額療養費制度の見直しについては、当初政府が国民医療費の増大による医療制度崩壊などの危機感を国民に与え進めようとしました。その後、制度変更で大きな影響を受ける難病やがん、白血病などの患者やその家族らの団体の強い反対と国民からの批判の声が強まりました。そして、それを受けた与野党議員からの圧力で石破首相が方針転換をしたという流れになります。

今回は、国民の反発と批判が大きくなったことで方針転換になりましたが、こうした手法、つまり民衆が危機感や不安感を抱くように誘導し、そこで生まれた偏った考えや判断を利用して為政者の都合の良い方向へ民衆を誘導するというやり方は、過去に多くの事例があります。戦前戦中のプロパガンダなどが例に挙げられますが、近年も集団的自衛権などの憲法解釈変更や郵政民営化、年金制度の改革などの際にもこうした手法が使われていたように感じます。度々取り上げられる債務超過による日本の財政危機についても同様です。昔からプロパガンダは為政者が民衆をコントロールする手法として都合よく利用してきました。現在はSNSやウェブサイト、ブログ、YouTubeなどのデジタルメディアが主流になり、サイバープロパガンダ(インフルエンスオペレーションもよく似た意味で使われます)とも呼ばれます。特定の政策や選挙の結果への影響が懸念されることから民主主義国家にとって大きな問題となりつつあります。実際、日本だけでなく、アメリカ大統領選挙においても嘘やデマが横行し、投票行動への影響は消して小さくはなかったと思われます。

人は自分の信念に合致する情報や都合の良い情報を選択的に受け入れる傾向(確証バイアス)があり、この傾向が利用され易いのです。事実とは異なっていても、自分にとって好ましい情報や巧妙なフェイク情報などが数多くインプットされると偏った世界観が形成されます。これにより客観的な事実認識が難しくなります。また、こうしたプロパガンダには、複雑な問題を単純化し、「敵」と「味方」という誰にでも分かりやすい二項対立を作り出すことによって、民衆を誘導していくという特徴があります。これによって、社会の分断や対立が深まり、建設的な対話や問題解決がますます阻害されることになります。

例えば、ヒトラーによる優性人種(アーリア人)vs.劣性人種(ユダヤ人やロマ族、アフリカ系など)、小泉政権下での郵政民営化(構造改革)推進派vs.反対勢力、兵庫県知事選挙での斎藤元彦知事の再選などは典型的な事例でしょう。当初は県民からそっぽを向かれていた斎藤氏ですが、SNS上での嘘やフェイク情報、NHKから国民を守る党の立花党首らによる意図的な拡散などによって、同情や支援が一気に拡大していきます。同時に本命だったライバル候補の評判が貶められ、最終的に斎藤氏が再選するという安手の三文小説か漫画のような結果となりました。これはサイバープロパガンダの恐ろしさと嘘やフェイク情報に簡単に操られてしまう大衆の危うさが現れた典型的事例だと思います。高度な教育を受け、社会的に素晴らしい経歴を持つ人物であっても、しばしば陰謀論に陥ることがあるのです。

今後、より複雑かつ巧妙になっていくであろう新しいプロパガンダに、我々市民はどのように対応していけばいいのでしょうか。

プロパガンダの天才と言われたナチスの宣伝大臣ゲッベルスに「生まれながらの大扇動演説家」と絶賛されたヒトラーは、「プロパガンダは大衆に向けて、感情的に、単純に、一方的にやるべきだ」と述べています。つまり、この言葉の逆を心がけるのが効果的な対策になると言えるでしょう。「理性的に、複雑さを忌避せず、中間を意識した「賢い大衆」を目指す」ということです。少なくとも、SNS上で見かけるような「〜は正義だ」といったような単純な思考から距離を取ることはプロパガンダに惑わされないようにする防衛手段として有効です。

そのためには、一方的な情報発信に惑わされず、反対意見も含めて複数の情報源から事実を確認することを常に意識することが重要だと言えるでしょう。

※1:高額療養費制度 負担上限額 ことし8月の引き上げ見送りへ 政府(NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250307/k10014742201000.html

※2:. Health expenditure as a share of GDP, 2022(OECD INDICATORS)

https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2023/11/health-at-a-glance-2023_e04f8239/7a7afb35-en.pdf

※3:高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省保険局)

https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf

※4:パックン 米国は高額医療費で自己破産、受診控えも…(スポニチ)

https://news.yahoo.co.jp/articles/a1e1d2cde1a88083a34db80411e9f326307984a8

以上

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