米国税務の基礎、永住権と市民権の放棄

CDH会計事務所
米国公認会計士
武藤 登 氏

永住権放棄: Abandonment  of Lawful Permanent Resident Status

永住権を放棄するためにはForm I-407に必要事項を記入しグリーンカードを同封してUSCISに送付しなければいけません。

<Form I-407の送付先>

下記のサイトを確認してください。

https://www.uscis.gov/i-407

  • 非常にまれですが、グリーンカードを放棄したという即時の証拠が必要な場合、USCIS 国際現地事務所、または USCIS 国際現地事務所のない米国大使館または米国領事館で、フォーム I-407 を直接提出することが許可される場合があります。

  • フォーム I-407 を米国の通関港で米国税関国境警備局の職員に提出することもできます。

<税法上の非居住者となるために>

グリーンカードを返却して移民法上では非居住者になっても、税法上ではまだ非居住者にはなりません。 税法上の手続きは次の通りです。

  • グリーンカードを返却した年の税務上での身分は、Form I-407 発送日または受理日までは居住者 (Form 1040)、その後は非居住者 (Form 1040NR) として二重身分(Dual Status)での確定申告となります。

  • 二重身分(Dual Status)では既婚者であっても夫婦個別申告となり、税率も夫婦合算申告より一般的に高くなります。

  • また標準控除は取れず項目別控除のみが適用となるため夫婦合算申告に比べると課税対象所得額も増えてしまいます。

これらのことから、もし可能であればあまり所得の発生しない年初の 2 月ぐらいまでにグリーンカードを放棄されると米国で申告する収入を少なくできるため米国での税金を節約することができます。

市民権放棄: Renunciation of Citizenship

米国国籍の放棄または放棄を検討している米国市民の方は、その結果と影響を慎重に検討し、理解する必要があります。米国国籍喪失の可能性に関するアドバイスについては、下記の国務省のウェブサイトをご参照ください。

https://travel.state.gov/content/travel/en/legal/travel-legal-considerations/Advice-about-Possible-Loss-of-US-Nationality-Dual-Nationality.html

放棄プロセスは複雑なため、下記の領事部のアドレス宛に電子メールで予約をしてください。 ChisinauACS@state.gov

<手続きの流れ>

  • 最寄りの米国大使館または領事館に予約して面接を受ける

  • 放棄の誓いに署名する

  • $2,350.00 の手数料を支払う(金額は事前にご確認ください)

面接の前に、次のフォームに慣れておくことをお勧めします。

  • Form DS-4079:米国市民権喪失の可能性に関する決定のリクエスト

  • Form DS-4080:米国国籍放棄の宣誓書/確認書

  • Form DS-4081:米国国籍の放棄または放棄の結果と影響に関する理解の声明

  • 国籍の喪失を裏付けるために必要と判断されたその他のフォーム

<必要書類>

米国市民権保持者の証拠(最新の米国パスポートまたは米国出生証明書など)

  • 該当する場合、海外出生に関する米国領事館報告書

  • 現在の所持している米国以外の全てのパスポートのバイオページ

  • 該当する場合、米国を含むすべての国の帰化証明書

  • 該当する場合、米国を含むすべての国の市民権証明書

  • 該当する場合、名前の変更の証拠 (結婚または離婚証明書、裁判所命令または証書投票など)

移民国籍法第 349 条 (a) (5) の規定により、米国市民は郵便、もしくは代理人を通して、米国滞在中に市民権を事実上放棄することはできません。国籍喪失申請書と関連書類は、検討と裁定のためにワシントン D.C. の国務省に転送されます。このプロセスには 3 ~ 6 ヵ月かかる場合があります。米国市民権に関する書類は、国籍の喪失が国務省によって裁定されるまで保持されます。そして領事館から決定の連絡があります。

詳しくは下記のサイトをご参照ください。

https://md.usembassy.gov/u-s-citizen-services/renounce-citizenship/#:~:text=To%20renounce%20U.S.%20citizenship%2C%20you,pay%20a%20%242%2C350.00%20fee.

<税法上の非居住者となるために>

税法上で非居住者となるための手続きはグリーンカード放棄者と同様です。 

アメリカの出国税:Exit Tax 

  • 米国市民権放棄者、または過去 15 年間で 8 年以上グリーンカードを保持していた長期永住権保持者は保有する全世界の資産・負債について開示報告する Form 8854(Initial and Annual Expatriation statement) を提出しない限り、税務上はアメリカ居住者扱いとなります。

  • 「過去 15 年の内の 8 年間」の条件を満たしているかについては、特定年に一日でも永住権を保持していると、その年は永住権を一年間保持していたとみなされます。

従って、最短で 6 年と数日でこの「8 年間」の条件を満たすこととなり、出国税の対象になってしまいます。

1.長期永住権保持者が永住権を放棄した日は、次のいずれかのうち一番早い日となります。

  • 永 住 権 放 棄 の た め の 様 式 Form I-407(Abandonment of Lawful Permanent Resident Status)が合衆国国土安全保障省に発送された日、または受理された日 

  • 移民国籍法により最終の管理命令として国外退去を命ぜられた日

  • 前述米国との租税条約における二重居住者の居住地確定条項を適用し、米国外の居住者と取り扱われた日

2.米国市民権放棄者が市民権を放棄した日は、次のいずれかのうち一番早い日となります。

  • 米国の領事または外交官の前で米国市民権を放棄した日

  • 国務省に対し国外居住行為の履行を確認する署名済みの米国国籍の自発的放棄の声明を提出した日

  • 国務省が国籍喪失証明書を発行した日

3.下記のいずれかに該当する場合は出国税としてみなし譲渡益の時価評価税、課税繰延資産の源泉課税が適用となります。下記のいずれかに該当する人を Covered Expatriate といいます。

  • 放棄した年の前 5 年間の平均最終連邦所得税額が $172,000(2021 年度の金額、毎年物価調整有り)

  • 放棄日における個人純資産が$200 万ドル以上(物価調整無し。なお、住宅ローン等の残高は負債として総資産から引いて純資産を計算)

  • 過去 5 年間の連邦確定申告書提出義務を遵守したことを宣誓できない、もしくは、内国歳入庁が要求するような申告義務遵守の証明を提出することができない.

<課税方法>

グリーンカード返却時に、現金、投資、不動産等の純資産合計が 200万ドルを超えるなど、上記の条件にあてはまる該当者には、$744,000 を超える不動産や株式等のみなし譲渡益に対する時価評価税、ペンションプランや 401K 等の課税繰延資産に対しては源泉課税という出国税が課されます。

  • みなし譲渡益に対しては通常のキャピタルゲインとしての税率が適用され、課税繰延資産に対しては一般収入に対してと同様の所得税率で計算されます。

  • 401(k)、SEP IRA、SIMPLE IRA、Defined Contribution (Profit-Sharing) 等の適格年金に対しては引出し時に 30% の源泉徴収となりますが、翌年 1040NR をファイルすることで全額還付されます。

  • IRA (個人退職年金)や Health Saving Account は全額一般収入として出国日の前日の市場価格が課税対象となります。

https://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f8854.pdf 

適格年金の処理方法

上記の該当する出国者(Covered Expatriate)として判定される可能性がある場合は、事前に十分な準備が必要になります。

  • この該当する出国者にならなければ、日米租税条約により米国で源泉徴収されずに日本で年金を受け取ることができます。その場合は居住地である日本での課税になります。

  • 米国市民権や永住権を維持している人が日本に居住された場合は、日米両国で適格年金は課税されます。その場合は外国税額控除を使い二重課税を最小にするようにします。

<Form W-8BEN>

日本に帰国、永住権を放棄すると、米国の非居住者になります。その場合は、米国に残してある金融機関に、Form W-8BEN を提出しなければいけません。この書類を利用して、日米租税条約の軽減源泉税率を適用することができます。

  • このフォームは3 年に一度提出する義務があります。但し、金融機関のなかには日米租税条約の恩典を認識しない機関もありますので注意しましょう。

  • 該当する出国者(Covered Expatriate) の場合は、W-8CE という特別なフォームで報告します。このフォームで日米租税条約の恩典を放棄します。このフォームの提出期限は永住権放棄日か、退職年金を最初に受け取った日から 30 日以内で、どちらか早いほうです。遅れないようにしましょう。

帰国前の準備

帰国の準備には十分時間をかけて行うことが大切です。以下の項目で準備してください。

  • 市民権と永住権を放棄する場合、純資産額が 200 万ドルを超えると見做し売却による譲渡益の時価評価課税や個人年金等に対する課税繰延資産の源泉課税が発生する、いわゆる出国税の対象となる場合があります。

  • 出国税を支払わないといけないか否かの予測と贈与等の対策。

  • 居住用の住宅の販売は、帰国前の米国居住者時に行うようにプランする。

事前に居住用の住宅を売却し現金に変えてしまえば現金には含み利益が発生しません。また直近 5 年のうち 2 年以上主たる住居として使用していれば夫婦合算で 50 万ドルまではキャピタルゲインが非課税となります。それを超えた譲渡益は一般収入の課税対象額により 0%、15%、20%の優遇された税率で課税されます。 

もし日本の居住者となってから米国にある住宅を売却すると両国で税金が発生します。

一方、日本では居住用財産の売却に対しては譲渡所得から 3,000 万円まで控除できる特例がありますので下記のサイトをご参照ください。 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3302.htm

<米国の住居を賃貸にする場合>

居住用住宅を売却せずに賃貸にする場合、日米租税条約では所有する不動産の所在国課税となります。

  • その場合、賃貸物件からの純所得に対して課税され、もし居住国での申告も必要な場合、所在国で収めた所得税は租税条約により居住国では外国税額控除の対象となります。

  • この外国税額控除は 100% 取れるとは限りませんが、もし取れない場合はその未使用分は翌年に繰り越すことが出来ます。

但し米国非居住者の場合は Section 871(d)を選択していないと経費の控除はとれず、総収入に対して源泉徴収課税がされますのでご注意ください。

日米租税条約の項でも説明させていただきましたが、もし米国居住者が日本の賃貸物件から収入がある場合、まず日本で課税されます。米国では全世界での収入を申告しなければなりませんので、米国でも賃貸収入として申告し、日本で支払った所得税は外国税額控除として申請可能です。逆に日本在住の方が米国に所有する不動産から所得がある場合は米国課税となり、日本でも所得と外国税額控除を申請することになります。 

<金融機関の確認>

自分の金融資産を預けてある金融機関の非居住者に対する取り扱いを帰国前に確認してください。

  • 投資口座の殆どは非居住者となるとクローズさせられます。

  • 401(k)やIRAはクローズさせられた時点で収入として認識しなければなりません。

  • もし口座を残せたとしても残高を日本の銀行口座に送金してくれるのか、源泉税率 を日米租税条約にもとづいて 0%にしてくれるのかなどがポイントになります。

  • 窓口で聞いた場合、いい加減な回答を受ける場合が多いので、メール等文書での回答を受け取ることをお勧めします。

米国のファイナンシャルアドバイザーは顧客の居住する州での登録が必要です。従って基本的に米国の非居住者の顧客を 持つことはできません。帰国前にしっかり資産の処分などを行うようにしましょう。

  • リビングトラストなども、管理者(Trustee) である自分が米国の非居住者になったら無効になるケースがあります。

  • ソーシャルセキュリティの受給は、日本で住所変更と受け取り口座の変更ができます。

  • 支払い期間が 10 年以上の場合は、米国大使館連邦年金課で、それ以下の場合は日本の年金事務所で手続きを行いますが、10 年以上の場合でも年金事務所で扱ってくれる場合もあるようです。

米国の最終の税務申告は帰国した年の翌春になります。IRS からの還付などを受けるために、銀行口座だけはひとつ米国に最低一年は維持すると便利です。

<米国市民権保持者と米国永住権保持者の帰国後の違い>

日本で納税義務者となる個人は居住者、非居住者で、それぞれに納税義務を定められています。居住者は非永住者以外の居住者と非永住者に分けられます。

  • 米国の永住権を保持したまま日本に帰国した場合、非永住者以外の居住者となるため日本国の内外を問わず全世界の所得を日本で申告することになります。しかし米国の居住者でもあるため米国でも確定申告をしなければなりません。

  • 非永住者とは日本国籍を持たず、過去 10 年間のうちに日本国内に住所又は居所を有していた期間が 5 年以下である個人をいいます。

  • 米国での申告は 2 重課税を防ぐために Form 2555 による海外稼得収入除外や Form 1116 による外国税額控除の申請も可能です。

米国市民が日本で非永住者となった場合は日本の所得税法に規定する国外源泉所得以外の所得(つまり日本国内源泉所得)と国外源泉所得で日本国内において支払われ、又は日本国内に送金されたものや米国のクレジットカードの使用額などに対して課税されます。

もちろん米国でも全世界収入を申告しなければならず、二重課税を防ぐ方法は永住権保持者と同じです。※詳細は下記をご参照ください。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2010.htm

以上

記事の無断転載を禁じます。

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