偶発的アメリカ人が米国籍を放棄離脱する場合の11の重要なステップ
CDH会計事務所
国際税務コンサルタント
ハラー 基江 氏
私たちが暮らす国際社会では、二重国籍を持つ人は珍しくありません。この中には、 “Accidental Americans (偶発的アメリカ人) “と呼ばれるユニークなステータスを持つ人がいます。この人たちは、例えば日本人の両親のもと米国で生まれたり、米国籍の両親から生まれたために米国籍を持っていますが、人生の大半を日本などの他の国で過ごし、その国を自分の故郷と考えています。このような人は、米国が世界中の国民に課している納税義務に直面したとき、自分が米国市民であることに気づくことがあります。
そのため、「偶発的アメリカ人」の中には、米国籍を放棄離脱することを選択する人もいます。この決断は軽々しくできるものではなく、その手続きは複雑です。この記事では、そんな偶発的アメリカ人が米国籍を放棄離脱することを検討する場合に、実際にどのような手続きをふむことになるかを11のステップに分けて紹介します。※「偶発的アメリカ人」についての詳しい記事は『アメリカで生まれ幼少の頃に日本に戻った二重国籍者を指す「偶発的アメリカ人」とは』をご覧ください。
偶発的アメリカ人の米国市民権離脱の流れは、おおまかに以下のステップをふみます:
自分のステータスを確認する
他の市民権を取得する
結果を理解する
米国での納税義務の是正
米国大使館または領事館に予約を入れる
必要な書類を準備する
本人が出頭する
放棄離脱手数料を支払う
認可を待つ
国籍喪失証明書を受け取る
最終的な米国納税申告書を提出する
ステップ1. 自分のステータスを確認する:
先に進む前に、あなたが間違いなく米国の市民権を持っているかどうかを確認します。米国内で生まれた場合、または出生時に両親の一方または両方が米国市民であった場合は、米国外で生まれても米国市民とみなされます。あなたのステータスを明確にするために、法的助言が必要な場合があります。もし、米国籍であるあなたに子供がいる場合、その子供がどのようなステータスになるかも含めて確認をしてください。
ステップ2. 他の市民権を取得する:
米国籍を放棄離脱しても、他の国の市民権を取得していない場合は、無国籍になる可能性があります。したがって、手続きを始める前に、有効な他国の市民権とその国のパスポートを所持していることを確認してください。出生と共に米国籍を取得した日本人の場合はどちらの国籍も取得していることが一般的ですが、自らの意思で米国籍を取得した日本人の場合は、米国籍取得時に日本国籍を喪失している場合があります。このようなケースも法的助言が必要になるでしょう。
ステップ3. 結果について理解する:
米国籍の放棄離脱は取り消し不可能です。つまり、一度放棄したら取り消すことはできません。米国市民としてのすべての権利と特権を失うことになります。また、一定の条件を満たした場合、「出国税」とも呼ばれる国外転出税が課される可能性があります。法律や税務の専門家に相談し、その意味を十分に理解することを検討してください。
ステップ4. 米国での納税義務を整理する:
市民権を放棄離脱する前に、内国歳入庁(IRS)に対してすべての納税義務を果たす必要があります。これには、過去5年分の確定申告が含まれます。米国税申告の義務があることをご存じなかった方は驚かれるかもしれませんが、この手続きは必須事項です。IRSは、「Streamlined Filing Compliance Procedures」という救済プログラムにおいて、申告義務を認識していなかった市民のためのコンプライアンス遵守と救済策のガイドラインをいくつか提供しています。「国外転出」の税務を専門とするタックス・アドバイザーに相談することは、非常に有益なことです。
また、国籍を離脱した富裕層は、国外転出税(Expatriation Tax)、出国税(Exit Tax)の対象となることがあります。これは、未実現利益やその他の特定の資産に対して、国外追放の前日に売却したかのようなみなし処分税が課されるものです。これらの影響を理解することは非常に重要ですので、税務専門家のアドバイスを受けることを強くお勧めします。
ステップ5. アメリカ大使館・領事館へ面接の予約をする:
放棄離脱の手続きは、アメリカ国外でのみ行うことができます。日本等のお住まいの国のアメリカ大使館または領事館で、正式に市民権を放棄離脱するための予約を取る必要があります。日本のアメリカ大使館に予約する場合、このアメリカ大使館のサイトを参考にしてください。希望する予約日を少なくとも 3 つ指定するよう求められます。この記事執筆現在、予約は、日本とアメリカの祝日を除く、火曜日と木曜日の午後 2 時にのみ可能です。
ステップ6. 必要な書類を準備する:
米国籍を証明する書類(米国パスポートや出生証明書など)、その他の国籍を証明する書類、記入済みのDS-4079質問票、署名済みの放棄離脱の誓約書(DS-4081)など、必要な書類をすべて揃える。
ステップ7. 本人がアメリカ大使館・領事館での面接をうける:
予約日当日、領事の前で放棄書類に署名するため、本人が出向く必要があります。領事は、あなたがその意味を十分に理解し、自発的に決断したと確信した場合、国籍喪失を証明します。
ステップ8. 国籍離脱手数料を支払う:
この記事執筆時点での国籍離脱の手数料は2,350ドルです。この金額は変更される可能性がありますので、予約前に現在の料金を確認してください。この手数料は面接当日に支払います。
ステップ9. 認可を待つ:
書類に署名し、手数料を支払ったら、申請書はワシントンDCの米国国務省に送られ、最終的に承認されます。つまり、この申請を承認する最終権限は米国国務省にあることに注意が必要です。また、このプロセスには数ヶ月かかることがあります。
ステップ10. 国籍喪失証明書を受け取る:
離脱が承認されると、米国市民でなくなったことを証明するCertificate of Loss of Nationality (CLN)を受け取ります。この書類は将来必要になる可能性がありますので、大切に保管してください。
ステップ11. 最終的な米国納税申告書を提出する:
市民権を放棄した後、放棄した年の最終的な米国税申告書を提出する必要があります。前述したとおり、富裕層には「国外転出税」が課される場合があり、これは、IRSがあなたの全世界の資産を放棄の前日に売却したものとして扱う、みなし処分税です。富裕層と聞くと自分には当てはまらないと思われるかもしれませんが、この対象となる資産は全世界の不動産などを含めた全資産であり、想定外に資産額の閾値を超える場合、突然の相続発生により閾値を超える場合もあります。また逆に、富裕層であっても国外転出税が課せられないよう税務計画を立案する場合もあります。従って、自分の義務を理解し潜在的なペナルティを回避するためには、早い段階で(アメリカ大使館に予約をとった後ではなく、放棄離脱を検討開始する時点で)税務アドバイザーに相談することが非常に重要です。
他国に深く根差している「偶発的アメリカ人」にとって、米国市民権の放棄は自分の人生に長期的な影響を及ぼす重大な決定です。もし望まない市民権を持つことの不便さや負担を解消したいとするなら、十分な情報と準備をした上で、この手続きに臨むことが肝要です。必ず事前に専門家のアドバイスを受け、ご自身が十分に理解し納得した上で進めてください。
参考文献
アメリカで生まれ幼少の頃に日本に戻った二重国籍者を指す「偶発的アメリカ人」とはhttps://www.cdhcpa.com/ja/%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%a7%e7%94%9f%e3%81%be%e3%82%8c%e5%b9%bc%e5%b0%91%e3%81%ae%e9%a0%83%e3%81%ab%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%b8%e6%88%bb%e3%81%a3%e3%81%9f%e4%ba%8c%e9%87%8d%e5%9b%bd/
U.S. Embassy & Consulates in Japan, LOSS OF U.S. CITIZENSHIP https://jp.usembassy.gov/services/citizenship-services/loss-u-s-citizenship/
Renunciation of U.S. Nationality Abroad https://travel.state.gov/content/travel/en/legal/travel-legal-considerations/us-citizenship/Renunciation-US-Nationality-Abroad.html
U.S. Citizens and Resident Aliens Abroad https://www.irs.gov/individuals/international-taxpayers/us-citizens-and-resident-aliens-abroad
Expatriation Tax https://www.irs.gov/individuals/international-taxpayers/expatriation-tax
U.S. Citizenship and Immigration Services https://www.uscis.gov/citizenship/learn-about-citizenship/citizenship-and-naturalization
https://www.irs.gov/businesses/corporations/foreign-account-tax-compliance-act-fatca
以上
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