ブルシット・ジョブと日本の課題
エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏
2年ほど前にブルシット・ジョブについて書きましたが、(※1)このところ日本のマスコミを賑わしているニュースを紐解くと、ブルシット・ジョブとその背景にある日本社会の根深い課題が見えてくるように思えます。
自民党政治資金パーティー問題(※2)、定額減税による民間の事務負担増(※3)、鹿児島県警トップによる職員の不祥事隠蔽(※4)、自動車メーカーによる認証不正問題(※5)などがこのところの代表的なニュースです。
自民党政治資金パーティー問題は、自民党、公明党、日本維新の会、教育無償化を実現する会の賛成で政治資金規正法改正案が衆院を通過し、今後参院の特別委員会での審議が予定されるようです。しかしながら、中身が「抜け道だらけのザル法」では、どう転んでも政治資金問題の解決にはならないでしょう。自民党議員の裏金問題は60年ほど前にも問題となっており、1967年5月23日の衆議院大蔵委員会(※6)において、自治省が政治資金規制法(1948年制定)の改正案を自民党に提示しましたが、自民党の審議引き延ばしにより審議未了で廃案となりました。その後、田中金脈問題を契機として、1975年に全面的な改正が行われたものの、未だに裏金問題は何も変わっていません。麻生太郎副総裁が地元の講演で、「政治活動の基盤維持には一定の資金が必要」と発言している点を鑑みても、とても変わるとは思えません。そういう視点で見れば、政治資金規正法改正に関わる議員や役人、そしてマスコミの仕事もブルシット・ジョブと言えます。そもそも変える気などないのですから。変わるのであれば、この60年の間にとっくに変わっていたはずです。
定額減税による民間の事務負担増など、まさにブルシット・ジョブです。民間にブルシット・ジョブを強要し、日本人の労働生産性を下げる政治とはいったいどういう政治なのでしょう。定額減税による4万円の控除がすぐに実行されるならまだしも、7月以降に住民税の負担増となるケースもあるようですから詐欺と言うべきかもしれません。(※8)
鹿児島県警トップによる職員の不祥事隠蔽は、告発者が地方公務員法(守秘義務)違反の罪で逮捕され、容疑者と呼ばれるようになっています。果たして告発者は悪徳警官なのか、それとも勇気ある告発者なのか、見解が分かれるところです。しかし、その後に鹿児島県警の強制捜査の手法に問題があることが発覚し、県警側がさらなる隠蔽を画策した疑いが強くなっています。捜査令状の提示がなかったり、押収パソコンからHDデータを同意なく消去するなど、不自然な捜査が次々に明らかになっていることがそれを裏付けているように見えます。本来市民のために働くべき警察官が、警察組織の不祥事隠しのために違法まがいの捜査を行ったり、警官による盗撮事件の隠蔽が露見しそうになったので、慌てて逮捕を行ったりしているのだとすれば、現場はまさにブルシット・ジョブをやらさられていることになります。
自動車メーカーによる認証不正問題については、トヨタの豊田章男会長による謝罪会見で、「現行の認証制度の中には非常に曖昧で属人的な技能に頼るケースも多い。車がどんどん新しいものに変化し、新しい仕事も付加されている。整理整頓することも(国と)一緒にやっていきたい。」と発言したことで、「マジメな民間に不正をさせてしまうような時代遅れの制度が悪い」といった擁護論が出てきています。自動車メーカー擁護論者によれば、認証制度は典型的なブルシット・ジョブであり、安全走行や環境負荷の軽減ができていることの「お墨付き」でしかなく、自動車メーカー各社は国の型式指定などよりもはるかに厳しい基準の試験を独自で実施していると主張しています。確かに自動車メーカーにとっては、この認証制度が現場の大きな負担となっていることは事実でしょう。自動車メーカーは独自に厳しい基準で繰り返し試験を行っており、自社のやり方と異なる型式指定のための試験も行い、自社とは異なる基準もクリアしなければならないという二重三重の負荷がかかっているわけです。
こうした認証制度のような仕組みは日本の他の業界にも数多く存在します。それはこのような仕組みが参入障壁として機能し、自国の企業・産業を守る役割を果たしてきたからです。ベンチャーや外資系企業にとっては、日本の市場への参入は、行政手続きの煩雑さもあって、非常にハードルが高かったわけです。1990年代に行われた日米通信交渉においては、こうした障壁(すなわち、ブルシット・ジョブ)がいくつも緩和・撤廃され、事業会社のボーダフォンや端末メーカーのモトローラ、ノキアなどの海外企業が日本市場に参入することとなります。それにより市場の競争環境が形成されたことで日本での携帯電話の急速な普及が実現しました。日本の消費者にとってサービスや製品の低廉化、品質の向上や技術革新、サービスの向上といった様々なメリットがもたらされ、現在のスマホ全盛期へと繋がってきたわけです。
ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)とは文化人類学者のデヴィッド・グレーバー氏が提唱したもので、「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるムダな仕事」を指します。ムダな会議、ムダな手続き、意味のない打ち合わせなど、日本のビジネスシーンに、ブルシット・ジョブがあふれていることを認めない人はいないと思います。これは「ブルシット・ジョブの恩恵を授かってきた人々」がビジネスの世界には未だにたくさん存在しているということでもあるわけです。ブルシット・ジョブが日本人労働者の生産性を落としていることは明らかでしょう。労働時間の中に「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるムダな仕事」をする時間が多いのですから、日本の労働生産性がOECD加盟38ヶ国中30位というのも無理ありません。本来、日本人労働者の生産性を向上させるための旗振り役にならないといけないのが、政治家であり、行政であり、経営者でしょう。しかし、「ブルシット・ジョブの恩恵を授かってきた人々」の多くがこうした人たちであり、未だにブルシット・ジョブを作り出していると言っても過言ではありません。
※1:その仕事はブルシット・ジョブか!?(The Stellar Journal 2022年 4月)
https://www.stellarrisk.com/blog/blog-post-four-tg5m9-5tzwj-zrbh6-a2n9h
※2:1からわかる政治資金事件 自民派閥 いったい何が?(NHK)
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/104266.html
※3:企業の約7割、定額減税で『事務負担増』 負担軽減のため年末調整や一括給付を求める声が多数(時事ドットコム)
https://www.jiji.com/jc/article?k=000000879.000043465&g=prt
※4:命を懸けて鹿児島県警本部長の不正を告発した「容疑者」警視長(JBpress)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81520
※5:自動車メーカーなど5社 “性能試験で不正” 出荷一部停止へ(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240603/k10014469671000.html
※6:第55回国会 衆議院 大蔵委員会 第16号 昭和42年5月23日(国立国会図書館国会会議録検索システム)
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=105504629X01619670523&spkNum=158¤t=1#s158
※7:麻生氏「政治活動に一定の資金必要」 規正法改正巡り(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0826H0Y4A600C2000000/
※8:【定額減税】実は6月に4万円じゃない?7月以降、住民税は負担増のパターンも…仕組みをわかりやすく!(TBS NEWS DIG)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1222828?display=1
以上
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