ビッグモーターの不正保険請求事件に見る日本の縮図

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(認定心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏

このところ、中古車販売大手の『ビッグモーター』による保険金不正請求問題(※1)が連日のように報道されています。代表者は報酬を1年返上すると発表しましたが、「組織的な不正行為を働いたにも関わらず、社長報酬がたったの1年間返上では釣り合わない」と反発を招き、さらに謝罪会見が未だにされていないこともあって、火に油を注ぐ結果となっています。

しかし、この事件、既視感が無いでしょうか?

過去には、大手ゼネコンによるリニア中央新幹線工事の談合事件(※2)、旭化成建材の杭打ち工事のデータ改ざん事件(※3)、日野自動車やダイハツの不正認証事件(※4)、ゆうちょ銀・かんぽ生命の不適切販売問題(※5)など、企業や業界団体によるこうした不正事件は枚挙に暇がありません。

ビッグモーターの保険金不正請求問題の場合、外部の特別調査委員会がまとめた調査報告書によると「強権的な降格処分の運用によって従業員らが経営陣からの指示にそのまま従い、これを忖度するいびつな企業風土が醸成されていた」ことが根底にあり、それによって「工場の従業員らが営業ノルマを達成するために不適切な保険金請求に及んでいた」とされています。

しかし、原因は「従業員ら」の側にあるのでしょうか?

経営陣と従業員の力関係が対等であれば、そういう見方もあるかもしれません。しかし、明らかに 従業員は力関係では弱者です。現象面では確かに「従業員が営業ノルマを達成するために不適切な行為をした」というとらえ方かもしれませんが、降格処分や左遷、減給などといった、有無を言わさぬ力による支配が恒常的に存在していたために、従業員は従属的にならざるを得ず、歯止めが効かなくなってしまったように見えます。

過去の類似事件においても、「知らなかった」「現場のやったこと」という前提でのトップの謝罪や管理上の不手際での引責というケースが多かったと思います。自らが招いた、もしくは主導した問題での引責という形になったケースは稀です。

国の問題においても、今まで散々「忖度」などという言葉が使われ、責任の所在はあたかも忖度した側にあり、上の方に責任はないかのように印象付けられていないでしょうか?

少なくとも、上位の者が自らの責任であると認め、引責したことはありません。

「従業員らが常に経営陣の顔色をうかがい、間違っても経営陣の意向に異を唱えない姿勢になった」というのは、まさに第二次安倍政権で起きた様々な問題と同じ構図です。まさに今の日本の縮図と言えるでしょう。

雑誌「世界」の Twitter アカウントが突然停止されたこともこの延長なのかもしれません。(※6)「特集:安倍政治の決算」と題して安倍晋三元首相の政策思想が残した課題を、各分野の専門家が批判的に論じた8月号の発売にタイミングがあっています。過去には、森友問題を徹底追及して注目された東京新聞の望月衣塑子記者の Twitter アカウント停止問題も政治的な圧力が疑われました。(望月記者の著書「新聞記者」(※7)は映画化され、日本アカデミー賞3部門を受賞。さらにNetflixで米倉涼子さん主演によるドラマ化もされました。) Twitter 社が政治的な理由ではないと言っても、原因についての具体的な説明がない限りは、政治的な圧力の疑いは決して消えるものではありません。

ビッグモーター事件に限らず、様々なところで未だに前時代的な不条理がまかり通っているのが現在の日本です。こういう表現をすると極論であると言う方もいるでしょうが、一般市民や一従業員といった弱者が、力を持つものに「蹂躙」されてしまうのが今の日本です。弱者が救われない国になっているのです。先進国であり、民主主義国家であるはずの日本で、こうした不条理がまかり通ることを国民が許してしまった結果と言えるでしょう。もちろん、悪いのはトップだとしても、それを許容し、盲目的に従属することは、より状況を悪化させることになるのです。

日本という国は、決して国民が思っているほど先進国でも民主主義国家でもないと認識した方がいいでしょう。国民の意識が、未だ成熟していない「村社会の村人レベル」だからです。

つい先日、「ABCマートが5,000人時給アップ、パート女性一人の声がきっかけだった」(※8)という記事がありました。47歳のパートの女性が、労働組合に入り団体交渉したところ、パートら約5,000人の基本時給が平均6%上がったというものです。物価高なのに賃下げを求められ、一人で声を上げたのがきっかけで、結果的に5,000人のパートの時給アップができたというものです。

これだけで見ると、サクセス・ストーリー、良い話のように思いますが、実はここにも、国民の意識が未だ成熟しておらず、多くの人の意識が未だ「村社会の村人レベル」であるという一端が見て取れます。記事にもあるように、時給がアップしたのに同僚から感謝を言われたのはたった一人。「仕事量が増える」など否定的な意見もあり、労組に加入した後から同僚らに「距離を取られている」と感じ、声を上げる仲間も最後まで一人だけだったそうです。

このように、大多数の〝仲間〟は、「寄らば大樹の陰」とばかり、力のある側に無言で従う大人しい羊となるか、もしくは他人事、関わると損とばかりに距離を取ります。結果として同調圧力が支配する集団社会となり、従わなければ異質分子として扱い、時には排斥(村八分)する。こうした例は度々目にします。

何が正しいかの判断は自分ではせず、盲目的に従い、時には忖度することで保身を謀るといった、自分の良心にさえ蓋をしてしまうことも少なくありません。自身の価値観や倫理基準ではなく、属する集団のリーダーの「顔色」や周りの「空気」が、何より優先するのです。こうした日本人が多ければいつまでもビッグモーター保険金不正請求問題のような不祥事が絶えることはないでしょう。また、政府高官や政治家の疑惑や民主主義の手続きを無視するような暴挙は今後も続いていくことになります。それでも、声を上げることもせず、大人しい羊であり続け、いずれ時間とともにすべて忘れてしまうのが今の大多数の日本人のように思えます。これでは根本的な問題は何も変わらず、そしてこの国は滅びの道を一歩また一歩と進んでいくことになると断じざるを得ません。

※1:背景にノルマ「@」1台14万円…歪な企業風土も『ビッグモーター』保険金不正請求(テレ朝News)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230718/k10014134581000.html

※2:リニア談合、ゼネコン4社に排除命令 課徴金は43億円(朝日新聞)

https://www.asahi.com/articles/ASNDQ569SNDLUTIL04V.html

※3:旭化成建材、マンション傾斜で全国調査へ(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO76056900T20C14A8000077/

※4:クルマの認証不正、なぜ起こるのか? 日野に次いでダイハツも 「開発」「実験」を取り巻く課題(AUTOCAR JAPAN)

https://www.autocar.jp/post/929362
※5:ゆうちょ銀・かんぽ生命が不適切販売、日本郵政は信頼できるか(日経ビジネス)

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/062500479/

※6︰岩波書店「世界」のツイッターが凍結 編集部「思い当たる節はない」

https://www.asahi.com/articles/ASR7M4QY0R7MUCVL01G.html

※7︰新聞記者(角川新書)

https://www.kadokawa.co.jp/product/321707000063/

※8:ABCマートが5000人時給アップ、パート女性一人の声がきっかけだった「賃上げまでできるんだ」(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/262749

以上

記事の無断転載を禁じます。

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