その仕事はブルシット・ジョブか!?

エス・アイ・エム
代表コンサルタント(心理カウンセラー)
佐藤 義規 氏

「ブルシット・ジョブ」をご存じでしょうか?

アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ:クソどうでもいい仕事の理論』(Bullshit Jobs:A Theory)で定義された概念です。この世界の仕事の多くが「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ:本当は必要がない、くだらない仕事)」であり、働いている本人も気が付いているのに決してなくならないのだとグレーバーは断言しています。経済学者ケインズは1930年に「2030年には人々の労働時間は週15時間になる。 21世紀最大の課題は余暇だ。」と予測しましたが、現時点でとても実現するとは思えません。一因は「ブルシット・ジョブがどんどん増殖・蔓延し、これまでそうでなかった分野の仕事でもその割合が増えている」からだそうです。イギリスの世論調査会社によると、なんと37%の人が「自分の仕事はブルシット・ジョブだ」と感じており(※1)、オランダでは40%にもなるというデータもあります。一方、日本はというと、2019年のStatistaのデータによると、職場の満足度調査において34カ国中最下位という結果です。(※2)

ブルシット・ジョブは「キツい仕事」ではありません。俗にいう3K労働(きつい・汚い・危険)はシット・ジョブです。シット・ジョブは、労働環境が劣悪だったり、低賃金だったりする仕事のことで、本人は「キツい仕事」と思っていても、「世の中に影響を与えている」、「誰かの役に立っている」とは感じられるのです。劣悪な労働環境が理由で辞めていく介護などの現場の人たちも、仕事の意義は認めています。単純に労働条件が悪いためにキツい仕事だと認識しているだけなのです。

それに対してブルシット・ジョブは、グレーバーによれば「differenceをmakeしない仕事」で、「社会に何の影響ももたらさず、働く当人も意味がないと感じている仕事」のことです。例を挙げるなら、企業の受付、広告制作会社、ロビイスト、広報調査員、テレマーケター、コンサルタントなどが該当するかもしれません。これらの仕事がなくなった場合、誰も困らないとまでは言いませんが、果たして社会に必要不可欠といえる仕事なのかどうか。(私自身もコンサルタントですが。)

2018年に公表された、パーソル総合研究所による「『ムダ会議』による人件費の損失調査」(※3)によると、会議をムダだと思っている人の割合はメンバー層で23.3%、上司層で27.5%です。1万人規模の企業では15億円の損失が発生している計算になります。会議参加者がムダだと思っている会議のために誰も読まない資料を丁寧に作成する仕事やコーヒーを手配する仕事など、ストレスすら感じていても、大半の人がそれを「ムダだからやめよう」とは決して言いません。

グレーバーはブルシット・ジョブを5種類に分類しています。

テクノロジーが発達しても、また、リモートワークの浸透で仕事をしていない管理職が浮き彫りになっても、ブルシット・ジョブは簡単には無くなりません。元アメリカ大統領のバラク・オバマは、保険制度改革に関するインタビューを受けた際、「改革によって保険やぺーパーワークの非効率が改善されるという意見はあるが、それらの非効率によって仕事を得ている100万、200万、300万の人達はどこで働けばいいのか!?」と発言しました。その雇用が無意味であることより、雇用が維持されることの方が重要だということです。元大統領でさえこのように考えてしまうのであれば、道のりは厳しそうです。

日本においても、雇用を守るための助成金は数多くありますが、看護師や介護士などのエッセンシャルワーカーはヒーローとして奉れているだけです。グレーバーのいう「社会的価値の高いエッセンシャルワーカーの経済的不平等」がそこにはあります。1900年以降、人間の寿命が延びた要因の圧倒的部分は、医療の発達ではなく衛生学や栄養学、そして公衆衛生が改善されたことです。これは、高給を取っている医者よりも、給料の低い看護師や清掃員の方が患者の健康状態の改善に、より大きな貢献をしていることを示唆しています。我々は労働価値を考える際、教育レベルや効率、生産性などを物差しとしがちです。特にその価値が、世の中のためになる、やりがいのある、意義のあるという意味であれば、そもそも物差しが違うのです。我々の「労働」のイメージはあまりにも「ものを作る」ことに偏っていて、実は多くの仕事が「ケア」によって成り立っていることに気付きません。「ものを作る」という仕事はほとんどが機械で代替できますが、「ケア」の仕事はできません。その部分を見誤っている例が非常に多いといえます。

2014年にロンドン市長が地下鉄にある切符売り場100カ所をすべて閉鎖し、券売機に置き換えると宣言しました。手作業で行っていた仕事を機械化し、効率化とコスト削減をしようとしたわけです。しかし、切符売り場の職員が実際にやっていたことの大半は、高齢の人を案内したり、落とし物を管理したり、子供が迷子にならないよう気を配るなど、乗客をケアする仕事です。それは機械では代替できません。職員がストライキを行った際に配っていたチラシの文言が右の図です。切符売り場の職員の仕事を、単なる切符販売としか考えなければ、当然券売機に置き替えるという結論に飛びつくことになるでしょう。実状を把握せず、机の上で数字を睨んでいるだけだとこのようなバカバカしい結論になります。

労働を数値化するという試みは社会のあらゆるところに見られます。例えば教育の現場などでも起きています。本来教師の仕事はケアリング労働(配慮を基本とする仕事)です。目の前にいる生徒としっかり向き合い、それぞれに合わせた教育を施すことが好ましいことは誰もが認めるでしょう。生徒数が増えればそれに比例して難しくなりますが、それでも生徒達に配慮することは不可欠であり、すべては教師と生徒たちの関係性によって成り立っているのです。しかし、教育の数値化、すなわち教師を数字で評価しようとすると、こうした関係性やコミュニケーションは無視されます。生徒へのケアを強化するために数値化しようとすればするほど、無意味な人間の手による膨大な仕事が増えていくことになります。教師に要求される書類は増大し、それを確認する上級職、承認を与える管理者など関わる人すべてにブルシットな仕事が次々に産み出されるのです。結果として、教師は生徒一人一人に向き合うことが困難になっていきます。

以前、文科省がTwitterで「#教師のバトン」というハッシュタグを使って、現役の教師の人たちの声を募集しました。「教師希望が減っているから、教師の仕事のすばらしさを発信してもらう」ことが狙いでしたが、そのハッシュタグが「残業代未払い」とか「部活動の強制労働」といった違法な話題で溢れてしまい、教師という仕事の労働環境の酷さを逆に露呈させるという皮肉な結果となりました。

生産性が悪いからと言って、効率化を求めすぎるあまり、現場を見ずに机上の数値に目を奪われてはいないでしょうか?そして、重要な生産しない仕事(ケアリング労働)を排除してしまい、膨大なブルシット・ジョブを産み出してはいないでしょうか?ブルシット・ジョブ化は職場の生産性と満足度、そしてワークライフバランスを確実に悪化させるのです。

※1:The Indeed Job Happiness Index 2016: Ranking the World for Employee Satisfaction

https://yougov.co.uk/topics/lifestyle/articles-reports/2015/08/12/british-jobs-meaningless

※2:STATISTA WORKPLACE SATISFACTION 2019:Where Job Satisfaction is Highest and Lowest

https://www.statista.com/chart/5068/where-people-feel-good-at-work/

※3:パーソル総合研究所:「ムダな会議」による企業の損失は年間15億円

https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/201812130003.html

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