アメリカの祝日とマーケティング − 落とし穴にご注意を!
Luminas Creative Agency
代表取締役
福田 和正 氏
始めまして、ホノルル在住の福田と申します。日米の宣伝広告、マーケティングに従事してかれこれ20年プラスになります。このほどご縁でこちらに投稿する機会をいただきました。どうぞよろしくお願いします。
今回はマーケティングの観点からアメリカの祝日と国民性についてお話を少しさせていただこうと思います。皆様もつい先日、独立記念日の祭日を過ごされたかと思います。ご存知の方も多いかと思いますが、日本の公式の祝日は16日、連邦政府が認める祝日は11日と日本の方が公の祭日が多くなっています。一方各州にて制定された祝日は一般的に会社や公的機関がそれぞれ従うかどうかを決めており、気がついたら休みだった、という経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。カレンダー上は数々の祭日がありながら実際はそのほとんどが宗教色希薄、もしくは全くないものに限られているからなのです(バイデン政権により6月19日を史実から「奴隷解放記念日(Juneteenth)」に設定し、2021年から1日祭日が増えました)。
あるマーケティングリサーチによれば、一般日本人に「アメリカの最大祝日は何だと思いますか」と尋ねると、大半が「クリスマス」と答えることがわかっています(その次に来るのは「独立記念日」)。学校も休みに入り年末までの休日が続くという意味では大きなイベントなのですが、宗教的祭日の位置付けとしては国レベルではそれほど重視されないというのが実情です(事実近年では従来の「メリークリスマス」の祝辞が宗教色のない「ハッピーホリデイズ」に変わってきています。一部敬虔なクリスチャン、特に福音派キリスト教徒などからはこの傾向が「行き過ぎだ!」との批判もありますが)。大半の日本人にとっては、アメリカはキリスト教国家であり当然クリスチャン最大の祝日はクリスマスであるとの連想で、ある意味至極当然の回答なのかもしれません。
アメリカ在住の皆さんはよくご存知かと思いますが、これはある種の勘違いで、まずアメリカは憲法上国家宗教を指定しておらず(してはならない、と言った方が正しいかもしれません)同時に自らをキリスト教信者と認める国民の割合は6割強しかありません。その次はなんと無宗教・無神論者で3割弱、続いてユダヤ教が7%、イスラムと仏教がそれぞれ1%となっています。まさに人種のるつぼ状態であることが見て取れます。近年各地からの移民が増加したとはいえこのあたりが西欧諸国等とアメリカの大きな違いではないかと思います。[“Measuring Religion” Pew Research Center, Jan, 2021-リンク] そうは言ってもクリスマスシーズンは一般消費者の購買動機が大きく膨らむリテールマーケティング業界では無視できない時期であることも事実です。
では実際のアメリカ最大の祝日は何でしょうか。一般アメリカ人にヒアリングをするとほぼ全員が「感謝祭(Thanksgiving Day)」と答えることがわかっています。この祝日はアメリカ全州で国民全体の祝日(11月の第4木曜日)として認識されています。
大学時代マサチューセッツ州に住んでいた時に招待された感謝祭のテーブルである面白い経験をしました。主催の家族はニューイングランドに独立以来住んでいる旧家で家族は全員クリスチャンでしたが、誘われた側の数名はユダヤ人でした。皆テーブルについたところで食事の前に大学教授の家長が「ではお祈りを」と言った直後に、ふと気がついたように「それぞれの神様に祈ってください」とユダヤ人ゲストの数名を見ながら付け加えました。この家にはクリスマスの晩餐にも招待頂きましたがその時はそのような光景はありませんでした。あぁ何とアメリカらしい、と思ったものです。
つまり、感謝祭はアメリカ独自の祭日でありながら宗教的な色合いがないので、まさにアメリカ合衆国そのものがそれぞれの宗教より前面に来る国民の祝日なのです(一部ネイティブアメリカンより「感謝祭は白人の偽善である」との声もありますが)。正月には神社にて初詣、葬式はお寺でご焼香、結婚式は教会でウェディングベル、に何も違和感がない私たち日本人にとっては不思議な感じかもしれませんが、招いたゲストの宗教に配慮するという心配りから見えるとおり、個人の宗教的自由を建国理念の一部とするアメリカ国民にとってはこの辺に敏感であることが極めて重要なのです。同じような理由で、第2の祝日は「独立記念日(The Fourth of July)」であることも頷けます。もっともキリスト教信者が大多数を占める地域(深南部、中西部など)やモルモン教が多いユタ州などでは若干状況が異なるかもしれません。アメリカの一部キリスト教宗派では教義上クリスマスそのものを否定するものもあり、まさに「何でもあり」の多種多様状態ですね(カナダにも感謝祭の習慣がありますが、アメリカとは歴史上のニュアンスが違うとのことです)。[アメリカ合衆国の宗教 – Wikipedia -リンク]
ちなみに数年前から感謝祭の翌日をBlack Fridayと称し、全国一斉に大幅な値引きによるセールが年中行事になっています。当初は午前0時にオープンする店に殺到し、怪我人が出るような事件があったことを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。最近は多少落ち着いて来た感がありますが、データによるとこの日は一人当たり平均で約400ドルを消費するとされています。感謝祭直後、家族全員がいいムードのところを直撃する、いかにもアメリカらしいマーケティング主導イベントと言えますね。[“Where Did the Name "Black Friday" Come From?” AGFinancial -リンク]
日本の製品をアメリカでマーケティングする際に、このような国民性や感受性に常に敏感でいないと思わず間違いを犯すことがあります。数年前ある日本の会社の製品発表を日本の本社が計画し、この製品リリース(プレス発表)を12月7日、スローガン(キーワード)を「全面アタック」と決め、この計画にアドバイスを、との依頼がありした。直後慌てて本社に電話をし、「直ちに見直しを」と進言しました。お分かりですか?祭日ではないのですが12月7日はアメリカにおける「真珠湾攻撃記念日(The Pearl Harbor Memorial Day)」なのです。この日は各テレビ局が毎年必ず日の丸の戦闘機が米戦艦を攻撃する映像を放映します。ましてやスローガンを「アタック(攻撃)」としては、まるでケンカを売っているようなもので、キャンペーンの失敗は目に見えています。本社のある重役は「真珠湾記念日は12月8日だろう!」と即刻反論して来たことも覚えています。この日はアメリカが異邦人に攻撃されたある種のトラウマ事件で、今や対日感情・好感度は極めて良好なのですが、アメリカ人にとっては80数年たった今でもまだまだ忘れ難い出来事(Racial Memory Event)なのです。
地域や地元市民のメンタリティーが極めて多様で、ましてやこの数年の民主党(Blue States)と共和党州(Red States)の相剋、こと各個人の政治的信条などが暴力沙汰に至っている近年のアメリカ。この国独自の文化的、歴史的、そして国民性的要素をマーケティング戦略に織り込まないと、せっかくの素晴らしい製品や高度に練られたキャンペーンも、思わぬところから残念な結果に終わる可能性があることも是非お忘れ無く。
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